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どんな始まりも終わりの為では非ず

ザァザァと雨が降っていた。紅玉よりも紅い空から、見るも無惨に崩れた嘗ての魔王城。今は廃屋と化した玉座の間へと。

黄金と漆黒で彩られた王の間も、今は壁や天井に穴が開き、魔王に挑んだ騎士共の墓場と成り果てて

雨の音すら声を亡くした亡霊の叫びに聞こえてくる。

胸部に大穴が空いた銀の鎧、中央からスッパリ両断された紅い鎧、刀身部分から上がない直剣の紋章、首の部分に穴が開き少し焦げている獅子の紋章、焼け焦げて辛うじて元の色がわかる鈍色の盾、所々凹んでいる純白の大盾、柄が半分になっている薄く光る槍、刃こぼれと血糊でもう斬ることは出来ない紫色の刀身を持つ大剣、数多の騎士や魔族の遺品が無数に散らばるその中で一際目立つ、吸い込まれそうな程の黒き鎧を着て、その手には神さえ絶てると言われた剣を持ち今にも命が途切れそうな男の傍らに一人の女が狼狽えていた。

「魔王様、魔王様。目を覚まして下さい。魔王様。」夫を亡くした妻、或いは父親を殺された童女にも似た面持ちで魔王の肩を揺すり続ける女。その想いが通じたのか男は少し目を開け微笑むと女の手に自らの剣を押し付けて囁く様に言った。「後は、、頼ん、だ」剣を通じて握った男の手から段々力が抜け冷たくなっていくのを感じたのか女は泣き喚く様に、嫌だ、嫌だ逝かないでくれと取り乱す。そんないつにない女の様子が可笑しいのか最後に片頬を少しだけ上げ笑った後、男は力尽きた。

男から最期に下賜された神絶のレガリアを持ち、女は慟哭した。

この日史上最も凄惨かつ最も死者を生み出した第七次魔界征伐は第十三代魔王『魔神』ユラーティオの死によって終焉を迎えた。



=十日前=

「魔王様この戦、最早勝ち目はありませぬ、わざわざこれ以上の同胞を死地に追いやることはありますまい」数十の席が設けられた会議の間で主君を諭すように話すのは、魔族の中でも七大公家の一つ、『嫉妬』を司り、蛇の紋章を用いるメデューサ族の長ゼロティピア・セルペン・テジェロジーアその人である。

「どうか、どうかこの戦、魔王様のお力によって終わらせては頂けませぬか」一見して魔王に諫言する忠臣に見えなくもないが、この裏には死にたくない、という思いが透けて見える。

「愚かな、『嫉妬』貴様、魔王様に死ねと言うのか、魔王様が死ぬのであればそれは既に我らが息絶えた後だ」同じく七大公家、獅子紋章のヴァンパイアの長アロガンティア・レオーネ・アロガンテは異を唱えるが、彼女とてこの場の大半が『嫉妬』側の意見を支持する雰囲気を分からない訳でも無かった。

そもそも魔王を王として戴いてはいるものの、それは絶対的なまでの魔王の武力の上に成り立っている。その力が失われつつある今、なんとか自分の一族だけでも守ろうと考えるのは決して誤りではない。事実この場に居ながら沈黙を保つ『色欲』の長も同じ考えなのだろう、という事は容易に読み取れる。

しかしそれでも尚彼女は食い下がった。「第一!貴様ら文治派が訳も解らぬ茶会を開いている間にも我らは人間共と戦っていたのだ、しかもこの戦の中で貴様らの兵など一兵たりとも戦場に居ないでは無いか!どう言い逃れする気だ?『嫉妬』よ!ここにいる私も、最早眷属の大半が戦場で朽ち果てたのだ、それは『憤怒』殿とて同じだろう?」よもや自分に話を振られるとは思わず視線を宙に彷徨わせていた『憤怒』も『傲慢』の主張には思う所が有ったらしく大仰に頷きながら、込み上げてきたのであろう戦死した眷属達の屈辱に体を震わせながら「確かに、確かにこの戦中に貴様らの兵など見た事が無い、な。そして我から言わせてもらうならば、文治派の領土内での小競り合いには物資が豊富に送られるという噂を聞いた、確か貴様は我らの領内での大規模合戦の際には、物資もう底を尽きかけていると、ほざいたな。どういうことだ、これは?」と威圧したが、これに『色欲』が食いついてきた。「あらぁ?貴方魔界がどれだけ広いか知っていて?そもそも貴方達の食糧庫に食料が無いのは貴方の治世に問題があるんじゃなぁい?自分の失策を責任転嫁なんて、流石蛮族としか言い様がないわぁ、たまにはその自慢の筋肉で畑でも耕したらぁ?」と小馬鹿にする様に言うと、一気に室内の緊張が高まった。「ほう!自分では何も出来ぬ淫魔族(サキュバス)風情が吠えるな!今ここで殴り殺してくれてもいいのだぞ?」『憤怒』が怒りで染まった声を『色欲』に叩きつけると、それに油を注ぐように『傲慢』が叫んだ。「貴様ら文治派は大人しく兵と食料を差し出していれば良いのだ!それが済んだなら茶会でも舞踏会でもなんでもしておれ!」と言うと、言葉を返すように『嫉妬』も叫んだ「貴様ら武断派こそ大人しく魔界の防衛だけしておればいいのだ、食料管理、兵の配置、そして治世は貴様ら愚者共には難解極まりないであろうからな!」とこちらも油を注ぐ。

緊張状態も頂点に達しようとした瞬間この喧々諤々とした場で唯一冷静だった魔王が呟くように話し始めた。「もうよい、皆そこまでだ。この戦争あるいは最初から勝機など無かったのかも知れぬ、だが例え最初に仕掛けたのがあちらだとしても私には報復をする義務と責任があった。その結果私が死ぬ事になろうともそれはそれで構わなかった。しかし『嫉妬』の言う通りでもある。犠牲を出しすぎたのだ、『怠惰』も『暴食』も討たれた、、私にはもうこれ以上戦争を続ける意思は無い。ここらで潮時かもしれん。恐らく近いうちに勇者がここへ来よう、そこで私は奴と最後の戦をしようと思う。私とともに敵を討ち戦場で死のうが、己の領地に引き返し投降しようが貴様らの勝手だ。好きにしろ。」そう言うと魔王は立ち上がり、唖然としている配下達を置き去りに自らの私室へと帰って行った。

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