Mission:09 「正確な情報って?」
――戦場で生き残る為に必要なのって何か知ってるか?絶望的な状況下でも諦めない精神力?それとも多人数を相手に拳銃だけで制圧出来るほどの射撃能力?
違うな、確かにそれらも必要な物ではあるが――本当に必要なのは、正確な情報と判断能力だ。
俺は、三年間もの間、只管にその必要性を叩き込まれてきた。
誰が"敵"なのか。
敵の"目的"は何なのか。
どうすれば、その目的を"阻止"できるのか。
その為には、何が"必要"で、どのような"行動"をするべきか。
生き残るためには、情報と判断力が必要だ。そのどちらかが欠けていては――生きて帰る事は出来ないんだよ。
異世界学兵奮闘記
Mission:09 「正確な情報って?」
「OK,OK,そんな切羽詰った眼で見つめなさんな、ちゃ~んと説明するから」
「……簡易とは言え、訓練を積んだ兵士の監視を潜り抜けて来たフランス軍の野戦コートを羽織った男に対して警戒するのは当然だと思いますが?」
黒木が、そう言いながら両手で構えた9mm拳銃の照準を男の頭に向ける。
現在、この簡易テントの中は、某ハゲアクションヒーローの映画(テロリストと警官の顔が入れ替わっちゃった奴)のワンシーンのような状況にある。
つまり、俺、滝本、黒木の三人は目の前で笑っている男(と犬)に拳銃向けて硬直してるって訳だ。
「分隊長、命令を――この野郎、どう見ても胡散臭すぎる」
「滝本さんに同意ですね。中世レベルの世界に、仏軍の野戦コートを着た男……どう考えても、現代からの召還者としか考えられません」
「その通りだよ、山南さん――あ、喋り方や雰囲気が似てるからそう呼ばせてもらうぞ?「構いません」――OK、話を続けようか。俺は確かに、現代からの召還者だ。しかも、あのクソガキ共と一緒に呼び出された、な」
男はそう言いながら、挙げていた両手を下ろし、右手をズボンのポケットに入れた。
「動くなっ!」
「落ち着け、滝本っ!――召還された、と言いましたね?だが、それには疑問が残る。私達が入手した情報によると、召還されたのは当時、中学生だった者ばかりのはず。ですが、貴方はどう見ても大人だ」
「流石は、分隊長を務めるだけあるねぇ、良い着眼点だ。で、それを説明するにはこの右手をポケットから出さにゃならん」
「分かりました――滝本、銃を降ろせ。黒木、そのまま狙い続けろ。あぁ、あとそこのワンちゃんは……警戒する必要なさそーだなー、ヲイ」
一瞬の隙に、ダルメシアンはテントの外へと駆け抜けて行き――斉藤たちの目の前に座って、ブンブンと尻尾振ってやがる。
あ、右前足で「おかわり」してやがる。つーか、懐き過ぎだろ……飼い主である男は頭抱えてんぞ?
「あー……悪い、進藤。急激にやる気が失せた。おら、オッサン、さっさと説明しろ」
「オ――オッサン言うな!俺はまだ26だ!」
「「「俺(私)達から見れば、十分にオッサンだ(ですよ)」」」
「嘘だと言ってよ、バーニィ……」
「――と、言う訳で俺はアンと一緒に荒野を一人と一匹で旅してたって訳よ」
男が語った内容は、なんと言うか――胡散臭いの一言に尽きた。
男の名は、"黒崎 瞬"。そう、俺の部下である"黒崎 瞬"と同姓同名。しかも、生年月日まで一緒だった。
それを証明したのは、右ポケットから男が取り出した財布――の中にあった免許証。
顔写真入りで、電気の明かりすら見当たらなかったこの世界では、到底真似出来ないような印刷技術で作られていた。
まぁ、もっとも俺達が驚いたのはその免許証だったのだが。
なんと、この男――全種コンプリートしていたのである。なんと言うコレクター!?
その時、思わず「スゲェ、特車まで持ってやがるぞ!」と叫んでしまった俺に帰ってきた言葉は、「いや、自衛隊時代に無理矢理取らされた」との言葉だった。
自衛隊――この男が嘗て所属した、"戦争をさせない為の武装組織"。
俺達の世界とは違う歴史を辿り、戦力を放棄したもうひとつの日本。その状態の中で、軍と呼べる程の戦力を保有した彼等の姿は、正に悲劇としか言い表すことは出来なかった。
脅威が目前まで迫ろうとも、こちらからその脅威を排除することは出来ないばかりか、"戦力を保有しない"と明言されているにも関わらず、その組織が持つ兵力は――少ないとはいえ、軍に匹敵するほどの戦力。しかも、自国民はその矛盾に気が付きながらも"タブー"として彼等を積極的に肯定しようとはしない。
有事の際となれば、彼等は国民の為に命を賭して最前線に赴くと言うのに、守るべき国民から与えられるのは嘲笑。
尊敬もされず、その存在は矛盾に溢れ、優秀な能力を持っているにも関わらず、国民からは認められぬ。
例え護るべき者から嘲笑われようとも、唯、只管に日本を外敵から守る守護者――"自衛隊"。
これを、悲劇と言わずして何と言おうか?
ちなみに、俺達の64式を見た男――黒崎は、彼の使っていた"六四式"との余りの違いっぷりに泣いて喜んでいた。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!軽量プラ製のハンドガードに伸縮式ストックだとぉ!?し、しかもマウントまで付いてやがる……げっ!?ア・タ・3・レ!?点射出来るのかよ!?しかも、左に付いてるから親指で簡単に動かせるし。え?嘘だろ、これ、学兵用なの!?なに、その贅沢さ……正規軍仕様の89式はどうなってんだよ、コエーヨ」
以上が彼の叫びである。どれだけ不遇な扱いされてるんだよ、自衛隊……
さて、話を戻そう。
彼は高校(しかも、守山高等学校という名の公立高校らしい)を卒業後、陸上自衛隊に入隊。三年の任期を終えた後に、自衛隊時代に培った経験と資格を元にバス会社に入社しいたらしい。
そして、修学旅行へと向かうバスの運転手をしていた彼は、召還に巻き込まれてこの世界へと着た。
彼自身は特殊能力が与えられず、当初は"数少ない"召還者の大人として彼等の保護者をしていたらしい。
――だが、月日が経つにつれ、勇者としての能力と王に与えられた権力に酔ったガキ共は暴走を始める。
彼以外の大人――共にバスに乗っていたガイドと女性の教師を深夜に襲撃。彼女達は犯された挙句の果てに、直視する事すら遮られる程の無残な姿に変えられてしまった。
当然、彼自身も罠に嵌められた。薬を盛られ、その"殺人現場"に寝かされていた彼は、何故か出てきた"目撃者"の証言により犯人へと仕立て上げられ、"裁判?何それ、美味しいの?"と言わんばかりに即座に死刑執行が確定。
「オワタ、俺の人生……」と真っ白に燃え尽きそうな彼だったが、拘束されそうになった所を、この世界で飼い始めた"ダルメシアンっぽい何か"である『アン』によって救われ、そのまま逃走したらしい。
ちなみに、コートは元々彼の物ではなく、討伐にやって来た勇者(笑)から持ってきた(アンが)との事で……つーか。
どれだけハイスペックな犬だよ、お前さんは!?つーか、絶対に人の言葉を理解してるだろ。
梅沢に「これ、食べるか?」って言われて頷くとか、どんなけだよ……
後、斉藤。アンに無視されて泣くな。頼むから。
「で、俺の言った事を信じてくれるか?」
「貴方が、この世界の人間ではない事は信じますよ。免許証という証拠もありますから。しかし、貴方が元軍人――失礼、元自衛官だったと言うことや、勇者と敵対していて、助けを求めに我々に接触したと言う話は信用できません。確証が在りませんから、ね。寧ろ、勇者の一員で、我々に味方を装って接触してきたというほうがまだ信憑性に足りますよ」
「――ふ、ふ、ふ、フハハハハハハハハ!HAHAHAHAHAHAHAHA!」
ちょ!?何か高笑いをし始めちゃいましたよ、この人!
例えるなら、あれだ。口が裂けたピエロっぽい犯罪界の王子様。
「お、おい進藤!?どうする?」
「どうするって……どうするんだよ黒木っ!」
「えぇ!?そこで私に振るんですか!?普通、そこは分隊長である進藤さんが決めるべきなのでは?」
目の前の突然の事態に、三人が軽くパニックに陥り、「とりあえず殺っとく?」と結論が出る直前に、漸く黒崎は正常に戻った。
「はぁ……悪ぃ、ひっっっさしぶりにマトモな人に出会えたから歓喜の余りに、ジョーカーと化す所だったわ」
「いや、アンタ半分以上、ジョーカー化してたぞ?」
「まったく、この世界に着てから人の話を簡単に信じ込む奴らばかりでなぁ……あのガキ共が特殊能力を持ってるってだけで真実と決め付けちまう。確証も、何も無いのにな……」
「いや、アンタ俺の事はガン無視かよ……普通にシリアスに進めるなよ、話を」
滝本の突込みを盛大に無視しながら、黒崎は話を続ける。
「君の判断は正しい、分隊長。この世界でも、あの世界でも、正確な情報に勝る戦術は無いからな――と、言うことで、だ」
黒崎がニヤリと黒い笑みを浮かべながら、身を乗り出した。
――いかん、この笑みはあれだ。何かを企んでいる時の斉藤と同じ笑みじゃあるまいか!?
そんな俺の嫌な予感は、黒崎がこの後に放った言葉で的中する事となる。
「正確な情報――俺の語った内容が正しいかどうか、王都に行って確かめるとしようか?」
――お父さん、お母さん、妹、そしてどうでもいい弟よ。この超展開を何とかしてください。頼むから。