Mission:02 「北から昇り、南に沈む……ありゃ?」
――森山実戦演習。毎年、必ず死人が出ることで有名な演習だ。
ってか、思うんだが駄目だろ。死人だしちゃ。そりゃね?演習だからさ、事故とかで死ぬ人出るかもしれませんよ。
でもさぁ、何で毎年死ぬ人って、決まって正規軍から出るんでしょうか?
……やっぱり、森高出身者の行き先が習志野とか中野という噂はマジなのだろうか?
異世界学兵奮闘記
Mission:02 「北から昇り、南に沈む……ありゃ?」
教官から無線で"ファッキン・アイリーン"(作戦開始の合図)を受けた俺達は、降下する為の準備をしていた。
って言うか、準備って言っても特にする事無いんだけどね。何百回と降下訓練積んでるから、映画みたいに落下する奴は居ない、筈。
あれ?でもあれってRPGを避けた時に落ちてたような……まぁ、良いか。
「分隊長!心の準備は出来てるかな~♪」
「出来てますよ~♪さーて、ちょっくら逝ってくるわ」
"あいよ~♪"と左手を挙げてステキな微笑を浮かべる"斉藤 綾香"上等兵に笑みを返しながらロープを掴み、放り投げる。
そのまま、ロープが地面に落ちたのを確認すると、ハーネスをロープに接続。
左手を挙げて斉藤ににこやかに挨拶して、降りようとした瞬間――
「分隊長っ!戻ってっ!!」
必死の形相をした斉藤上等兵に胸倉を掴まれ、機内へと引きずり込まれた。
――フィン、フィン……
『クソ、ヤバイ!姿勢が維持できないっ、このままじゃ墜落するぞ!?』
「総員、ベルトを締めろぉ!斉藤、無事かぁ!!」
「アタシは大丈夫ですっ!!」
警報音が盛大に鳴り響き、周りの景色がグリングリンと回転する。
あの時、斉藤に引きずり戻されてなきゃそのままハッチから吹き飛ばされてたのは間違いない。
――現に、俺の64式は吹き飛んでいきやがった。
何が起きているのか、分からない。いや、違うな?何で墜落しそうになっているかがさっぱり、分からない。
まぁ、良いや。どうせ、分かったところで俺に出来るのは何も無い。精々が、ベルト締めろと叫ぶ位だ。
「ベルトは締めたか!?墜落する、総員――対ショック体制っ!」
そう叫んだ直後、俺達の乗っていたヒューイは地面へと叩き付けられた。
「っぅ――」
頭が、ガンガンする。
まるで、耳元でミニミ連射されたみたいだ。
焦点が定まらず、ぼやけていた視界が徐々にクリアになって来た……のは良いんだが、何で目の前に座席が宙吊りになってんだよ。
あぁ、墜落して逆になってんのか。笑えねぇよ、畜生。
「分隊長ー助けてー胸が引っかかって取れないー」
「……斉藤、言ってて悲しくね?」
「酷いわっ!こんな悲惨な事故にあっても、笑いを忘れないようにとするアタシの心を――」
何か訳の分からん御託を並べ始めた斉藤を無視しつつ、肩のホルスターからサバイバルナイフを引き抜いてベルトを切ってやる。
"キャッ!"とか言いながら頭から落下したが……ま、斉藤だし大丈夫か。つーか、似合わんよその悲鳴。
「あぁ……近藤くんも、神谷くんも――駄目です」
「チッ――黒崎も駄目だ。斉藤、コックピットはどうなってる?」
ハッチから身を投げ出していた黒崎の遺体――恐らく、折れたローターか何かでクビから上が吹っ飛んだ――に引っかかっていたベルトを切って、楽にしてやる。
畜生、これでこの分隊で生き残ってるのは俺と斉藤だけかよ。
せめて、パイロット連中だけでも――そう思い、斉藤を見るが、彼女は悲しそうに首を横に振るだけだった。
あの後、俺と斉藤は手分けして死体袋へと仲間を入れる作業に入った。
面白くも何ともねぇ。あるのは"あぁ、コイツ死んじまったんだな"って感覚だけ。
黙々と、二人で遺体を引っ張り出しては袋に入れる作業を続ける。
「分隊長……」
「無線機は壊れているだけだ。司令部とは連絡が取れんが、演習中にヘリ墜落って事故が起こってんだ、すぐにでも救援が来る。だから、泣くな」
「無茶、言わないで、下さい、よ」
涙をこぼし始める斉藤に、フィールドジャケットを肩から掛けてやり後ろを向く。うん、完璧だ。
まさか、俺も泣いてるとは思いもよるまい。
――別に、良いだろ?泣いたって。三年間、一緒に飯食って、吐いて来た奴等なんだ。
良い奴等だったのに、何だよこの超展開は……畜生。
「あぁ、畜生!何処が壊れてるか、さっぱり分からねーよ!ぶっ壊すぞこのマザー・ファッカーっ!」
「分隊長、落ち着いてっ!?ってか、なんでその9mm実弾入ってるのっ!?さらに言えば、壊したら本末転倒!?」
分からん。さっっっぱり分からん。
ヒューイの中に散乱していた装備の中から、比較的無事と思われる携帯無線機を引っ張ってきたんだが、全然通じない。
司令部も、事故や遭難時に使用する緊急帯も、森山基地にも通じん。さらに言えば、斉藤の持っていた携帯も通じない。何故か"圏外"と出てた。
大体、状況がおかしいんだよ。墜落してから三時間が経とうとしているのに、さっぱり連絡は無い。
発炎筒炊いたり、照明弾撃ったり、ヒューイに搭載されてたミニガンで環境破壊して見たりしたけど音沙汰なし。
ブチ切れて9mm振り回したとしても仕方がなかろうに。
その際、何時ものクセでスライド引いちまって、落ちた弾薬から実弾装填したままだって事が斉藤にバレたが……
口封じの為に今晩のおかずから一品あげれば黙ってんだろう。斉藤だし。
「分隊長~やっぱり、この状況おかしいですよ?GPSも使えませんもん」
「え?マジで?うわぁ、マジだよヲイ」
斉藤が取り出してきたGPS端末を覗き込むと、そこには"受信できません"の文字が。
このものごっついGPSが早々簡単には壊れないことは74式中戦車で踏みつけたり、ヒューイで上空500mからぶち落としたりして実証済みだ。
ちゃんと、ビーコンだして動いてたのに……いまは"受信できません"の文字だけが、何度再起動しても出てくる。
「何だよ、このエラー……衛星が存在しませんだ?」
「分隊長ぉ~やっぱり、おかしいですよ~」
電話帳並みのマニュアルを片手に、涙目になりながら俺を見上げてくる斉藤。悪い、萌えないから。
"分隊長ぉ~"とか言ってる斉藤を尻目に、うんともすんとも言わんGPS端末を弄ってみるが、やっぱり帰ってくるのは"受信出来ません"のメッセージのみ。
おかしい、おかし過ぎる。1945年以降、現在に到るまで続くこの世界大戦によって、人類の技術は――そりゃ、もうとてつもない勢いで進歩した。
特に、東西両陣営の最前線とも呼べる(板ばさみと言った方が早いか?)、日本は特別と言っていいほど兵士の生命維持(防弾装備とか医療技術とか)が他国よりも格段に秀でている。
……あれ?それなのに何で演習で人死が出るんだ?あぁ、交通事故と同じで0にならねぇんだよな?うん、納得……しとこう。
ま、それは置いておいてだ。消耗率が高すぎるが故に、必死になって消耗を抑えようとした結果。
日本は異常とも呼べるほどに生命維持の技術やら救出活動のノウハウが進歩した。
具体的に言えば、アマゾンの奥地でもリアルタイムで通信できるほどに。
なのに、だ。未だに救援が来る様子も無い。
無線は通じず、GPS(衛星)は接続できず、発炎筒や照明弾を挙げても音信不通。
幾らなんでも、あれから三時間が経ってんだ。流石におかしいだろ、チクショーメ。
現刻が1630、確か今日の日没は1730だったはず――ん!?
「……な、なぁ、斉藤?確か、太陽って東から昇って西に沈むんだよな?」
「なに言ってるんですか、分隊長?そんな当たり前なこと――」
「コンパス、見てみ?」
「え?コンパスですか――ウソォォォォォオッ!?」
オーマイガッ!ってな顔をしながら盛大に驚いている斉藤を見て、思わずにやけた。
そりゃぁ、それくらいは驚くだろうよ?
――日が南に沈んでりゃぁな。
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