Mission:01 「学兵ってなんぞや?」
――日本国防軍第二種普通兵科学校生徒、通称【学兵】。
1945年に始まった第二次世界大戦以後、現代に到るまで続く東西に分かれた戦争により、減少の一途を辿るこの国の兵力を確保する為に造られた制度。
各都道府県の公立高校に設けられたこの学科により、毎年一定の兵力を確保するのが目的――だったはず。
が、この制度が設けられた直後に東西の戦線は徐々に鎮火し、日本は信じられん事に正規兵力のみで国土を回復しちまった。
異世界学兵奮闘記
Mission:01 「学兵ってなんぞや?」
制度が設けられたのが1986年、俺が生まれた年。で、今は2004年。
18年の月日がありゃ、この国が発展するのも当然?なわけで。
当時は人気No1であり、仕官への登竜門とされたこの学科の人気は今やぶっちぎりで最下位。
よほどの理由が無い限り、このご時世に冷や飯食い確定の国防軍に入ろうなんて奇特な人間は居やしねぇ。
え?俺はどうかって?
俺は奇特な人間だよ。まぁ、頭悪いし体力も無い、しかも虐められた挙句に木刀振り回して内申ズタズタ。
その結果、"オール1でも余裕で入れる"と謳われるこの学科を選んだんだが。
――つーか、他に選択肢無かったんだけどね。
でも、後悔はしてねぇ。銃を撃ったりするのは病気と呼べるほどに好きだし。
それに、メリットもあるんだぜ?
学費や生活費――学兵は隣接する寮に強制入寮させられるんだが、食費や光熱費はタダ、学費もタダ!
残念ながら給料は出ないが、俺にとっちゃ銃を撃ったり軍事知識を教えてもらうのは最高の娯楽だから何の苦もない。
しかも、卒業後は自動的に国防軍普通科の三等陸曹として徴用される。
三年間、趣味に没頭した挙句、国家公務員になれるなんて、正に夢のような学科な訳だ。
まぁ、世間一般では避けられまくってるが。
そりゃぁ、そうだな。
毎朝4時に叩き起こされてランニング。
飯食ったら昼までノンストップで座学。
昼飯食ったら、30分の休憩。で、その後はまた訓練。
ボロ雑巾の様にクタクタになりながら夕飯にあり付けるのは20時。
入浴したり、制服と作業服にアイロンがけしたりしてると消灯時間。
マスかいて寝れば、また叩き起こされて……と、このループが続く。しかも、休日は二週に一日。
世間一般の高校生が、週に二日休みがあるのに、学兵は二週に一日。
しかも、学年が上がれば憲兵として夜勤もある。原則、月に一夜のはずだが学兵の数が減るからその限りじゃない。
上記のスケジュールを見ていただければご理解できるだろう。
入学してから半年後の夏季休暇に、半数以上の学兵が退学する。中には、そのまま脱柵――脱走する奴だって居るんだぜ?
どうも、帰宅すると同時に、今まで積もりに積もったストレスが爆発し、そのまま退学届けを輸送するらしい。
故に、毎年お盆の後には事務局のカウンターに大量の退学届けが配達される。
勿論、ペナルティが無い訳じゃない。高校卒業資格は貰えないし、履歴には『国防軍普通科学校中退』と永遠と残る。
でも、それだけだ。兵科学校と言えども所詮は高校。退学届けを出した以上、それ以上のペナルティは存在しない。
――だが、脱柵となると話は別だ。
半年間といえども、正規の訓練をみっちりと受けた兵士が脱走したと見なされ、学兵達の志願によって捜索隊が編成される。
完全武装の学兵達による家宅捜索(家屋制圧)やら、ヘリまで投入した追跡劇の末に大半の脱柵者は拘束にされて各駐屯地(学校)へと連行(拉致)される。
そこで待ち受けるのは一週間の独房暮らし。ちなみに、俺は独房で一週間耐えた奴を知らない。
大抵がその晩の内に退学届けに署名し、罰金を支払うからだ。
そこで、疑問が出てこないか?
"なんで素直に退学届けを出さないんだ?"って。
答えは"オール1でも余裕で入れる"って所にある。そもそも、中学時代に通知表がオール1ってのは何かしらの事件を起こしてるような奴しかいない。
そして大抵は、その学校でブイブイ(笑)言わせてるような不良だ。
周りに一目置かれていた奴が、学兵になったら付いていけなくなって辞めるなんて、みっとも無くて言えやしない。
だってそうだろ?今まで、一番強いと思ってたのにプライドを木っ端微塵に粉砕されるんだから。
だから、彼等は脱柵する。知り合いの居ない場所へと向かって。
この現代社会で何も情報残さずに逃げ切る何ざ不可能だってのに、ご苦労な事だよ。まったく。
こうして、"勘違い野郎"を振るい落とした夏期休暇が終わると学兵達の生活は一変する。
そもそも、この学科が求めるのは"体力馬鹿"や"頭脳馬鹿"じゃない。"根性のある馬鹿"だ。
体力だけが優れていても駄目、頭が良いだけでも駄目。何故かって?そういう輩は無駄にプライドがあるからさ。
だから、学科が求めるのは"根性のある馬鹿"なんだよ。体力も頭脳も、殺人的なスケジュールで三年間、みっちりと教育されるから関係なし。
つー訳で、夏期休暇が終わるとこの学科は本性を現す――地獄のような実地訓練が始まるんだよ……
あぁ、言い忘れてたけど俺が所属するのは【日本国防軍中部方面隊森山第二種普通兵科学校】――通称、森高。
数ある中部方面隊に属する兵科学校の中でも、ダントツで最下位を死守する駐屯地――学校だ。
最下位とだけあって、退学者もNo.1。入学して半年で、80%の退学者を誇る。
理由は簡単、入学者が根性が無い――のではなく、正規軍並に厳しいらしいんだよ。訓練と規律が。
そもそも、入学と同時に小銃が配備されるってのが異常だ。普通は基礎訓練とかあるだろうに……
とにかく、学兵御用達の64式小銃3型を手渡されその場でシリアルナンバーを覚えさせられる。その後、国旗に向かって宣誓するんだよ。
でさ、毎年俺はその光景を見るたびに思うんだが……逆、だよな?普通、宣誓が先で小銃授与式はその後じゃね?
だが、そんなの関係ねぇ!とばかりに、宣誓式が終わると同時に教官殿の怒声が体育館に炸裂し、小銃を抱えたまま10キロ走らされる。
礼服なのにな!
勿論、大抵の奴は倒れる。が、倒れても楽になれるはずも無い。
後ろから来る上級生部隊に両脇を抱えられ、そのまま引きずられる。
新入生は、怪我しようが泥にまみれようがお構いなしに引きずられ、上級生は新入生を引きずってでもゴールさせにゃならん。
お気づきかと思うが、これには理由がある。"一人でも"新入生が制限時間内にゴールできなかったら上級生(2年、3年関係なく総員)飯抜きなのだ。
故に、新入生は後ろから追ってくる鬼の形相をした上級生から必死に逃げ、上級生は自分達以上の人数を誇る新入生をゴールさせる為に必死になる――
そんなカオスな状況が、入学式早々からはじまるんだよ。
入学式の後も、実弾訓練や実地訓練を初めとした"基礎訓練はどうした!?"と泣き叫びたくなるようなスパルタ教育を夏季休暇まで続けのである……
さて、話を戻そう。
夏季休暇後、不幸にも残ってしまった新入生を待ち受けているのは楽しい、そりゃぁもう楽しいキャンプ。
但し――上級生にとっては、だが。
訓練地である"森山訓練場"にて行われる2泊3日のこの野戦訓練。内容はそりゃぁもう、途轍もなくステキなものとなっている。
ま、簡潔に言うとだ――新入生を上級生部隊が2泊3日に渡ってフルボッコにする。
新入生は、いい加減手に馴染んできた64式と訓練装備を手に、訓練中はひたすら上級生部隊から逃げ回る。
連行されたらアウト。逆に言えば、撃たれようが拘束されようが、上級生部隊の拠点に連行されなきゃOKなのだ。
こんな事もあった。
5つに分けられた新入生部隊の分隊のひとつに居た頃の話だ。
僅か半年で300名居た新入生が50余名にまで減ってることにガクブルしながら訓練に参加した俺達は、バスから降りた直後に襲撃を喰らった。
「幾らなんでも、そりゃねーだろ!!」
「反則だろ!反則!教官、"おほほほほほ"じゃないですよ!」
「撃て!応戦し――ウボァ!!」
「あぁ、ジャン・ルイ(近藤)が殺られたぁぁぁぁ!!」
余りにも反則的――しかし、学校側は"待ち伏せは駄目だと書いてない"と主張して続行――な襲撃を受け、カオスな状況に陥った。
乗ってきたバスを盾に、俺達は森へと逃げ込もうとするが上級生達はそれをも読んでおり、ご丁寧にも機銃座を用意して待っておられた。
一人、また一人とM2"ブローニング"重機関銃の放つ殺人的なペイント弾に吹き飛ばされる中、俺達はひとつの希望を見出した。
何を考えてるのか、この馬鹿上級生共はUH-1"ヒューイ"を繰り出してきたのである。
大方、上空から捻り潰そうとしたんだろうが……残念ながらこれは訓練であり、実戦じゃなかった。
実戦だったら64式小銃しか無い俺達は、ヒューイに太刀打は出来ん。それは認めよう。
だが、これは訓練だったのだ!ペイント弾装備だって事を忘れておったのではないかね!?
"イィィィヤッホォォォォォ"やら"汚物は消毒だぁぁぁ!!"とか"訓練は地獄だぜぇぇぇぇぇ"とか、異常なハイテンションで新入生の一斉掃射を受けたヒューイ。
コックピットは当然として、ヒューイのあらゆる場所が真黄色に染まった。その結果?
流石にこの事態を想定していなかったのか、ヒューイのパイロットはパニックに陥った挙句――そのまま垂直に、回転しながら墜落した。
余りの事態に皆が呆然とする中、俺達はこの好機を逃すことは無く、そのまま機銃に肉薄しペイント弾をぶち込むと、森の中へと逃げ込んだ。
その後も、"訓練は中止"と拡声器や上空からのビラ巻きという卑劣な罠を掻い潜り。
正規軍の探索隊に扮してやって来た上級生部隊をゲリラ戦で混乱させ。
森の生態系をぶち壊す勢いで狩をしながら、訓練最終日を迎えた。
――そう、恐るべき事に新入生部隊は誰一人として欠ける事無く(最初に奇襲を受けた連中は、ヒューイ墜落時に共に森の中に逃走)、訓練の終了を迎えたのである。
意気揚々と、下山した俺達を待ち構えていたのは……
かき集められた正規軍の将兵と、彼等が構える銃口だった。ファック。
その後、陸軍森山基地(駐屯地ではなく、正規軍の基地)に連行された俺達は、一週間もの間、房と取り調べ室を往復する日々が続いた。
そう、恐るべき事に"訓練中止"は事実であり、上級生が扮していたと思われる正規軍も本物の部隊であった。
……まぁ、分かってたんだけどね。だって、探索部隊の持っていた拳銃には実弾が装填してあったし。見なかったことにしたけど。
ちなみに、翌年からは重火器や装甲車、ヘリ等は使用禁止となり、開始時刻が制定されたのは言うまでも無い。
野戦訓練という大きなイベントを乗り越えたとしても、その後の苦難はまだまだ続く。
秋には"学兵対抗大運動会"という、隣接する公立高校の生徒や他の兵科学校(小巻【こまき】に航空学科、宇海【うつみ】に海上学科、そして森山に陸上学科がある)を巻き込んだ大運動会(大抵の場合、我が森山兵科学校がぶっちぎりで一位を取る。ペナルティとして-500なんてふざけた点があるのに)やら、大晦日の"紅白対抗総合演習"とか。
本来ならば、詳細をお教えするのが筋であろうが、それだけでまるまる一話使いそうなので割愛させていただく。許せ。
さて、この様な面白おかしい三年間が過ぎる頃、卒業を控えた俺達こと、3年にはある試練が待っている。
それは、"森山実戦演習"。卒業試験の変わりに、毎年それぞれ違う演習内容が行われている。
一昨年は、正規軍一個大隊を24時間以内に壊滅させる事。教官の机の上に24と書かれたDVDBOXがあったのは気のせいだと思いたい。
昨年は、仮設された基地内に潜入してテロリスト(正規軍)の武装を解除する事。教官、机の上のPS3と蛇と呼ばれる伝説の傭兵が主人公のゲームが気になるんですけど?
そして、今年は――
『分隊長、間もなく目的地上空です!』
「了解、それじゃぁ、皆さん逝きますか?」
俺の言葉に、OD色の作業服姿の学兵達が"応"と返しながら64式に弾薬を装填する。
視線の先には、綺麗に並んで空を駆ける4機のヒューイ。
その向かう先には――整備班が徹夜して作った、仮想市街地。
<<――ピィ――ガッ――諸君、待たせたな。アイリーンだ。繰り返す、ファッキン・アイリーン。状況を開始せよ>>
――教官、今年はBHDですか。