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キタイ  作者: chengdu
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一、異能発覚

 二十一世紀も、すでに三分の一が過ぎた。

 人類は幾度となく全面戦争の危機を乗り越え、局地的な紛争は続くものの、表面上は平和を謳歌していた。

 しかし、緊張なき平穏は、人々を堕落へと導いた。

 今世紀の初めから、その兆候はあった。

 ほんの少しの不正が、大きな乱脈を招く。

 始めは少量で満足したのに、次第に量を多くしないと禁断症状が出る覚醒剤のように。

 例えば、路上駐車。法律を犯していると知りながら、安易な気持ちで、それを破っていた。

 そして、万引き。金に窮している訳でもないのに、ゲーム感覚で犯罪を繰り返した。

 そのほか、スピード違反、ソフトの違法コピー、未成年の喫煙や飲酒……、一般人と呼ばれる者たちが普通に行う犯罪は数多くある。

 歪みは、やがて大きな亀裂を生み出した。罪の意識は薄れ、感覚は麻痺し、次第に習慣化していく。

 その結果、恐喝、暴行、強盗までもが、日常茶飯事となった。街角で犯行を目撃しても、誰も気に留めず、誰も関わろうとしない。被害を被ったのは運が悪かったからで、それに巻き込まれるのは、もっと運が悪いのだ。

 強き者は、いよいよ強くなり、弱き者は、その影に脅えて暮らしていた。


 火継融(ひつぎ とおる)も、そんな小市民の一人だった。

 中程度のレベルの公立高校に入り、成績は良くもなく悪くもなく、これと言った部活動もせず、何となく日々を過ごしている。

 四月から二年生になったが、いまだに将来の進路さえ決めていなかった。漠然と大学には行きたいと考えていたものの、その理由は周りに進学希望が多いからで、特に夢はなく、当然、そのような事を語り合う親しい友人もいない。

 しかし、それが寂しいと感じた事は一度もなかった。ぼんやりと、なすがままに生きていくのが彼の人生の方針だった。

 そのような彼だから、下校中、河原で繰り広げられる暴行の現場を見ても、「またか」としか感想を持たなかった。ただ、暴力の対象が自分と同じくらいの年格好の少年だったので、少し眉をしかめた。いかにも、その道の者と思われる黒いスーツを着た大人の男が三人、殴る蹴るの暴行をGパン姿の少年に加えている。何があったか分からないが、むごい光景だった。

 だが、融は止めに入るなど考えも及ばなかった。例え止めに入ったとしても、同じ目に遭うのは明らかだろう。幸い、周辺には、融とその者たち以外に人はいない。

 心の奥にほんのわずか残っていた良心に咎める事なく、融は顔を背けて対岸の堤防の上を再び歩き始めた。

 その時、「やめろ!」と言う声が辺りに響き渡った。

 融は、とっさにその声のほうへ目を遣る。

 向こう側の堤防の上から、融と同じ制服の淡褐色をしたブレザーをはためかせ、河原へ転がるように下りてきて、少年と男たちの間に立ちはだかった人物がいた。

「あいつは……、余川(よかわ)!?」

 今年から一緒のクラスになった余川鏡太(きょうた)だ。短めに切った髪と眼鏡に覚えがある。やたら人懐っこくて、やたら正義感が強い奴だった。存在を知って、まだ一ヶ月ほどだが、その性格は会話をした事もない融でも充分すぎるくらい分かりやすい。

 そう言えば、学期が始まって間もないころ、一つの事件があった。同級生の女子の財布が教室で盗まれたのだ。当の本人も事故に遭ったと見なして諦めていたのだが、鏡太だけしつこく調べ回り、とうとう不良グループが盗った事を突き止めた。果敢にも、鏡太は不良グループに財布の返還を迫ったらしい。その首尾は不明だけれども、翌日、鏡太の頭には白い包帯が巻かれていた。

「いくら正義感が強くても、それだけじゃ助けられねぇよ」

 意外な闖入者に思わず足を止めた融だったが、すぐに諦めのセリフを呟いて、長く伸ばした前髪をさらに前に垂らし、歩みを進めた。

 ところが、どういう訳か、向こう岸の状況が気になって視線を逸らしていられない。

 「気にするな」と自分に言い聞かせても、心が惹き付けられる。

 とうとう、融は立ち止まって横を振り向いた。

 予想に反して、鏡太は善戦していた。まだ倒れていないだけでなく、相手の三人のうち一人をダウンさせていて、残り二人と相対している。

 だが、二度と起き上がれないほどではなかったらしく、ダウンしていた一人が意識を取り戻して、鏡太の背後から襲い掛かろうとした。

「危ない!」と思った瞬間。

 融の口から謎の言葉が迸り出た。

「ズジェ‐エピィ!」

 「何!?」と息を呑んで、融は右手で自分の口を塞ぐ。

 意図しない言葉に混乱する融の瞳に映ったのは、目にも留まらぬ速さで敵の攻撃を避け、ぐったりした少年を軽々と脇に抱えて、矢のように川岸を駆け上がる鏡太の姿だった。

 呆然と立ち尽くす融と対岸の鏡太の視線が合う。

 はっとして、融は体を翻し、一目散にその場から逃げ去った。

「何だ、さっきの言葉は!? それに、どうして俺が逃げる!?」

 自分自身の行動に整理が付かないまま、融は走り続けた。

 今見た鏡太の動きは人間業ではない。

 俺が変な言葉を吐いたからか? 

 そんなはずはない。こんな事は今まで一度もなかった。 そもそも、あんな言葉、今日初めて口にした。

 しかし、だったら、なぜ知らない言葉を話せる?

 分からない!

 理解不能になった融の頭に、ただ一つだけ、はっきりしたものがあった。

 今後、一切、余川鏡太には関わらない。

 生まれてから、まだ十六年しか経っていないが、その間に融が培った自己防衛策だった。

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