1・王子と婚約者⑦ - エリアナ(ヴィオラ)
何かキッカケがあったのかは、覚えていない。気がついたときには、前世の記憶が戻っていた。
今の私の名前はヴィオラ。平民だ。年齢は11歳。王都からかなり離れた村で暮らしている。晴れた日には『守りの樹』が遠くに見えるくらいの場所に。
最近、昔のことを思い出した。
前世私は、王妃サマになるところだったのよって。今の自分を見ると、笑っちまうけど。
あれからかなりの年月が経っていた。
国があることから『守りの樹』は無事なんだろう。生まれてから一度も魔物を見たことはないし。
小さな村ではあるが、教会はある。そこに行けば、本もあるし、情報もある。
エリアナ・ローランのその後は容易に知れた。
まず、彼女だが、12年前に死んでいる。
修道院で、風邪であっけなく他界したと。今は教会裏の共同墓地で眠っている。
そうか、12年か。
頑張れたのだと胸を張りたい。
以前グラーデン修道士から聞いたことがある。通常はもって8年程度なのだと。
私は存分にお役目を果たしたのだ。その褒美が今の私なら、それはいいことだと思いたい。
そして、ブルノ王子とシーラ王子妃であるが、彼らのうち一人は今、この村にいる。
結論から言えば、失敗だったのだ。
いくら優秀であっても、シーラは王妃には向かない人間だった。清廉潔白な人では、伏魔殿では生きていけない。
ブルノ王子もだ。
私が彼女をいじめたから婚約破棄と、堂々と言えるような男だ。そんな彼らだからこそ、あっさり騙されて、追放された。
王位は、第二王子と彼の婚約者である侯爵令嬢が持っていった。シーラの後継者だったローラン公爵家も爵位を落とされ、崩壊寸前と聞く。
そして追放されたブルノとシーラ。
二人はあっさり別れた。
というか、シーラが逃げた。学園時代の学友で、仲が良かった男と。
他国に行ったと聞いたけど、どうなったのか。彼らはあの、魔物だらけの道を進んだのだろうか。城壁を出た途端に、祈りは消えるのに。
残されたブルノは断種され、この村に幽閉された。
よりにもよって、なんでここに来るのよ。しかも、うちの両親が監視役って。最悪だわ。
私は親の手伝いで、彼の世話をしていた。食事を届けたり、部屋の掃除やら、いろいろだ。
だが、彼とは一度も話したことはなかった。まあ、親に話すなと言われていたから。
記憶が戻ってからは、彼をよく観察するようになった。
彼は、まあ老けた。あれからすでに23年経った。現在彼は41歳。ブルノは18歳で王太子に任命され、その年に結婚。22歳で、幽閉。
あっという間に没落したわけだ。
第二王子の治世は、悪くない。良くもないとも言うが。つまり今までと変わらないということだ。継続するのも、悪くはないのだろうけど。
ブルノが住んでいるのは、村の中心から少し離れたところにある、貴族の屋敷だ。この村を統括する領主様の別荘。
うちの家族が住み込みで世話をしている。
父は力仕事兼見張りだ。私と母が掃除や洗濯、食事などの世話を行っている。部屋数が多くて、三人では意外と大変なんだけど。
彼はほとんど部屋から出ない。
一応監視はしているけど、村の中であれば外出は許可されている。
王家としても、そこまで幽閉にこだわっていない。彼が役に立たないことは明白であり、今更彼を担いで王位を簒奪することなど意味のない、あり得ない話だから。
すでに現王の息子も大きくなった。治世も安定しているから、彼を利用する意味すらないのだ。
だから、彼がこのままこの村でどうなっても、何があっても、どうでもいい話なのだ。
ある時気まぐれに、彼に声をかけてみた。
「今日はとてもいい天気です。お庭で日向ぼっこでもしませんか?」
村人の声など、届かないと思っていた。
「珍しいな、君から声をかけてくれるなんて」
彼は穏やかに笑っていた。
「いつも母親の後ろで怯えていた娘が」
「少しは大人になりましたので」
ふくれてみせたら、また笑った。
彼は窓際に近づいて、カーテンを少し開けた。空を見上げる。
「雨が降るんじゃないのか?」
「え、そうですか?」
「曇ってるぞ」
「まさかあ。朝は雲ひとつなくて……あ、降ってきた」
いきなり大粒の雨が天から降りてきた。大きな音を立てて、すべてを濡らす。
「うそおー。あ、洗濯物がーっ!」
彼を置いて走り出した私の後ろで、また笑い声が聞こえてきた。
悪くないなと思えた。




