1・王子と婚約者⑤ - エリアナ
グラーデン修道士の説明はこうだ。
『守りの樹』に選ばれた者は、決められた日にそこに入る。
今までの『枝』であったものと交代となるのだ。元の『枝』は、そのまま裏の墓地に埋葬されるのだという。
そう、死ぬまで誰とも会わず、樹の中で眠るのだと。命尽きるまでそこにいることで、国を守るのだと。
そしてこの件は、誰にも話してはいけないのだという。
ただし、特例がある。
「身代わりを立てることは可能です。ただし一人だけ。それもお身内のみ」
「家族に身代わりになれと」
「夢の中で、グイド様にその方の名を伝えてください。その方の了承が得られれば、交代となります」
その人物にのみ、真実を話すことが出来るという。
正直家族仲はあまり良いとは言えない。確かに安定した生活を与えてくれている。だがそれだけだ。あとは王妃になれと言うばかり。
でも、そんな家族だけど、自分の身代わりを託すことなんて。
「家族を犠牲になんて、出来ない」
「家族とは、両親、兄弟姉妹、祖父母までです。あとご結婚していれば、夫や子供も可能でしたが」
「まだ婚約中なので」
誰にも告げず、消えるということか。
でも。
「どうやって私は消えるというの。これでも地位はあるわ。未来の王妃と言われている私がいきなり消えたら、事件になるのではなくて?」
「人に合わせて物語を作って、その人を舞台から降ろすのが我々の役割でもあります」
グラーデン修道士が仄暗く笑った。
*****
こんなことになってから、わかったことがある。と言うより、知らないふりをしていたこと。
私は王子と結ばれない運命だったのだ。
私達は幼い頃から婚約していた。その頃は仲は悪くなかった。
お互い未来に向けて努力を惜しまなかった。時には喧嘩した。時には慰め合った。時には笑うこともあった。
だが、彼は学園に通うようになって、本当に愛する人を見つけてしまった。
シーラ・パジェ男爵令嬢。彼女は彼の理想を具現化したような人物だった。
美しい見た目も優しい心根も。そして、絵に描いたような理想も。
彼女は平民にも、貴族の地位の低い者にも、王宮の仕事を与えるべきだと言ったのだ。能力のある平民は多くいる。その者達にも高い地位を与えるべきだと。
もちろん今も王城では平民を採用しているが、高い地位にいる者は、ほぼいない。それを覆そうと言っているのだ。
愚かとしか言えなかった。
そんなことをすれば、貴族たちが黙ってはいない。貴族同士の軋轢も生じる。国が乱れる。
そのことを何度も伝えた。だけど、彼らは理想という名の甘い蜜に夢中で、私の話を誰も聞いてくれなかった。
それどころか、技量の狭い未来の王妃だと囁かれる始末。彼に至っては、私を怒鳴るばかりだ。
「そなたの意見は古すぎる」
「殿下そうではありません、その意見では問題が……」
「黙れっ!」
どうしても、どうしても、わかってもらえなかった。
だから、私は今以上に努力した。彼を支える王妃になるために。
だけど、それは意味のないことであったと、ようやく気がついた。
私は消える存在だったのだ。なんて滑稽な存在だったのか。
気がついた時、私は声を上げて笑った。おかしくておかしくて、堪らなかった。
そして、涙も止まらなかった。
自室で、ただ一人。誰にも知られず。
ようやく涙が枯れたとき、私は自分が何をすべきか理解した。
*****
その日の夢は、またガゼボの茶会だった。
「決心したようだね」
「はい、私の役目を理解しました」
「具体的に何をする?」
「まずは、王妃教育を辞めます。実務も、慰問も。あと、王子のお気に入りの子を、いじめましょう」
「嫉妬に狂った女になると?」
「悪役になれば、誰も私がいなくなっても、傷つかない」
「……君は本当に、王妃に相応しい女性だった」
過去形で評価されることが悲しい。
私は王妃になることが、当たり前の人間だった。
優秀で、王を支え国を支え、常に片膝を地に落として生きていく。そう運命付けられた存在だった。
それが今、終わる。
「君の役目が終わったら、迎えにいくよ」
「はい、お待ちしております」
お辞儀をしたところで、目が覚めた。
もう泣かないと思っていたのに、一筋涙が枕に流れていった。




