プレシャス王国魅了事件顛末記~毛束を更地にもどしたら~
ゴージャス王国にある辺境の孤児院に暮らしていた僕たちが王都へ行くことになったのは、運命だったのかもしれない_____
僕たち双子は大きな魔力を持って生まれてきた。
親が誰なのかは今も分からない。
赤ん坊の頃孤児院の前に置かれていた僕たちは、シスターたちに迎え入れられて幸せに暮らしていた。
けれど、大きな魔力は取り扱いが難しい。
僕らが13歳を迎えたとき。
シスターたちから僕らの将来を考えて、王都の教会へ僕らの身を預けることが決まったと伝えられた。
わたくしたちから離れてはいけませんよ。
一緒に王都に付き添ってくれたシスターの言いつけに、兄は従わなかった。
町で美男子を見つけると、僕の手を振り切って走り出したのだ。
「兄さん、だめだよ!!」
騒ぎに気付いて兄と目が合った兄好みの美男子は、騒ぎに一瞬動きを止めると、蕩けたようにウスハに手を伸ばす。
その手を握って、兄ウスハは僕を蔑むように告げた。
「ウスラは所詮モブなんじゃあ!ウスハは主人公なんじゃあ!!!」
あんなに美男で洗練された人が、ウスハゲーノにメロメロになるはずがない。
「ウスハを連れて逃げてほしいんじゃあ!」
「分かったよ愛しい君」
思えばあれが初めて見た、兄の<魅了>の力だった。
まだ未知数だったその力の恐ろしさを知らない僕も、皆も、兄を捕まえることはできなかった。
後にあんな大きな事件に発展するなんて。
その時誰も、分からなかった。
*
「兄の言っていることは、まんざら夢物語でもないのです……」
色白でもちもちしたフォルム。
大きな顔に小さい黒豆のような、つぶらな瞳。
桃色のバラのような色をした唇を理知的に引き結んで、フサフサとした黒髪をかき上げる青年は沈痛な面持ちでそう言った。
顔はそっくりなのに、なぜこうも受ける印象が違うのだろう。
対応していたプレシャス王国騎士団長とプレシャス王国筆頭魔術師は思った。
隣国ゴージャス王国からやって来た宮廷魔術師ウスラッテルノー・マジカは、プレシャス王国史上類を見ない恐ろしい魅了事件、通称:ハゲチャーム事件の首謀者にして、三重の魅了の能力者であるウスハゲーノ元男爵家子息の双子の弟であった。
ファミリーネームは本来不明らしい。
ウスラッテルノーのファミリーネーム<マジカ>とは、ゴージャス王国の魔法大学校を首席で卒業した者のみが名乗れる名字ということだった。
これまでプレシャス王国では、種族・年齢・性別問わず能力者の懸想した相手を魅了するという恐ろしい代物をどうにかすることができなかった。塔に閉じ込めて封印を施し、24時間体制で視線除け眼鏡をかけた魔術師たちが魅了除けをし続けるという重労働が今も続けられている。
このままでは国の存続も危ぶまれると、調査の結果分かったウスハゲーノの育った国であるゴージャス王国に協力を要請することに決めた。
しかし、そこで事態は意外にも急転を見せたのだ。
ウスハゲーノの双子の弟がゴージャス王国に存在しているという。
しかも非常に優秀な宮廷魔術師としてだ。
彼は4年前から兄の能力について警鐘を鳴らし、その行方を追っていたらしい。
さすがに一般の人間で行方も知れず魅了の度合いも分からいため、国は動かなかったのだが、プレシャス王国の一件で初めて宮廷魔術師が派遣されることになったのだった。4年の間魔術の研鑽に勤めていたウスラ自らが今回出向いたのである。
「兄が、ああなってしまったのは七年前の夏でした」
と、上等な応接室でゴージャス王国魔術師ウスラッテルノー・マジカが窓の方へと目を向けた。
「10歳の時です」
ウスラは回想に入った。
あれ、17歳だったのか、と目の前の二人が思ったのは秘密である。
「高熱にうなされ、目覚めたときにはもう……」
ウスラと同じようにフサフサと生えていた毛は、酷い高熱と汗で太い一筋の帯状の毛束に変わり果ててしまっていたという。
やっと意識を取り戻した直後、ベットから飛び起きてウスハはシスターに聞いた。
「今日は、何年何月何日なんじゃあ?ついでにワシは何歳なんじゃあ?」
数日にわたる高熱で汗みどろになっていたので、その夜は特別にシスターがウスハのために湯を沸かしてくれた。ウスラも看病を続けていたので一緒に入れることになったのだが、
「きゃああああ!!!」
それを湯殿で見つけたウスハは狂喜乱舞した。
「プレシャス!『プレシャスの薔薇は夜に微笑む』なんじゃあ!!!」
「ウスハ、ウスハ一体どうしたんだよ!?」
心配そうに呼びかけるウスラへ応えることもせず、ウスハは叫んだ。
「ワシこそがこの世界のヒロイン!ウスハなんじゃあ!!!」
「あの時から、優しかった兄はまるで中に脂ぎったおっさんが入っているかのようになってしまった」
幸いなことに孤児院にウスハの好みのタイプはいなかったようで、彼の力が発現することはなかった。当時、強力と言われた双子の能力も、辺境だったため詳しい情報が分からなかったのが不穏の始まりだったかもしれない。
ウスハは風呂から出ると、机に向かってノートに何かを描き始める。唇を尖らせて、女の子のような表情を浮かべ、ペンを走らせる。
その様子はどこか滑稽で、下手な芝居を見ているようでもあった。
ウスラは兄ウスハが書きなぐっていたノートをこっそりと見たという。
「ウスハは便所が長い時がありましたので」
「「……」」
そこには奇妙な<物語>が書かれていた。
風呂でウスハが叫んでいた語録だとすぐわかる。
『プレシャスの薔薇は夜に微笑む』
胸に生まれつき薔薇の紋章のような印を持つ、孤児院で育ったはかなげな美少女<ウスバ>。ゴージャス王国に暮らしていた少女は実は隣国の男爵家の庶子であった。強力な魔力を持つも力を放つことができなかったウスバは、孤児院のシスターの配慮で13歳の時王都の教会へ向かうことになる。しかしなんやかんやあり、プレシャス王国へ連れて去られたウスバは馬車で偶然通りかかった父親(トリニトロ男爵)に迎え入れられ、やがてプレシャス王国王立貴族学院に入った。
そこで美男の王子様や側近たちと出会い、女生徒たちや婚約者たちにいじめられたり虐げられたり、友達になったり、嫉妬したりしなかったりの展開が繰り広げられる。
めくるめく恋模様は、もう止まらない。
やがて彼女にかけられた疑惑。<魅了を使ってるんじゃないの?問題>が巻き起こるも、魅了除けをつけていた王子は真に彼女に惹かれているのだということが分かり、ウスバの能力も『光の慈愛』の力だと判明する。
大舞踏会の夜。派手に婚約破棄をかました王子様はウスバへと求婚し、ウスバは微笑んでYes!と返事をするのであった。
「最後に書きなぐったような感じで『これって転生?転移?』『彼女じゃなくて、彼だったんじゃあ!』『やっぱりウスハがヒロインかも?』と」
神妙な顔でウスラが言った。
いや違うだろ、と騎士団長と筆頭魔術師は思ったが、黙っていた。
「そして兄が初めて力を使ったのは、13歳のあの時で間違いないです」
ウスラはそっと上着のボタンを外した。騎士団長と魔術師は身の危険を感じて構えたが、杞憂であった。
モチモチとした彼の胸元には、
『滅』
とゴツイ漆黒の文様が浮かび上がっていたのだから。
「あの時僕も覚醒しました」
「この文様は兄が能力を使ったと同時に出てきたのです。その夜、夢も見ました」
女神が泣きながら願ってきたという。
<お願い。アレを止めて>
と。
<間違いなの。間違いなのよう>
女神は明らかに取り乱していた。
今まではウスハが能力を使っていなかったため居場所を突き止めることもできず、介入できなかったのだ。
<わたくしの創った世界が壊れてしまうわ>
詳しい事情は時間の関係でとても話しきれないとのことだったが、ウスハには別人が入り込んでいると知らされた。
「そして、僕は兄の中に入っているモノが書きなぐっていた悍ましい言葉の意味を知ったのです」
『絶対逆ハー確定なんだから!』
「ノートに載っていた名前は、こちらの国の王太子殿下シャロン様とその側近の方々です」
『他にも素敵な美男子に会えたらウスハーレムに加入させちゃお』
ウスラは逆ハーの意味とウスハのさらなる野望を、プレシャス王国の重鎮二人に聞かせた。
「アレはまだあきらめていないでしょう」
「ウスラ殿、我々は一体どうすれば良いのでしょうか」
「僕がウスハを、アレを止めます」
連れて行ってください。ウスラッテルノー・マジカは言った。
「女神に教えてもらいました。兄を止める唯一の能力、<ボイド>」
ボイド。
その意味は空虚と喪失。
「アレを消し去りましょう」
三重の魅了を消し去る魔法。
女神が緊急的に創り上げた力だった。
*
日も暮れかけた頃にウスラはプレシャス王国の二人と連れ立って、ウスハが厳重に封印されている塔へ向かった。
「声が……」
騎士団長がその音を聞き取った。
悲鳴だ。
「た、助けて!!」
塔の入り口から転がるようにして一人の魔術師が向かってきた。
「待つんじゃあ!!君はなかなかの好みなんじゃあ!!!」
跳ねるように追いかけてくる丸い影。
「嫌だあ!!!」
魔術師の視線除けの眼鏡が割れていた。
「ワシを魅るんじゃあ!!!」
ウスハの手が魔術師をつかみそうになった瞬間、ウスラが阻んだ。
「やめるんだ、兄さん」
「ウスラ……」
ウスハは虚をつかれたようになったが、弟の力に気付いたのか形相を変える。
「モブのウスラが何言ってんじゃあ!」
「まだそんな事を言っているのか!?僕も兄さんも物語の登場人物なんかじゃないんだ!」
「ワシは主人公じゃあ!ヒロインなんじゃあ!!!」
「兄さん、戻って来てくれ!!」
「うるさいウルサイ五月蠅!!!」
ウスハはウスラから距離を置くと、シンプルな服の胸元を破いた。美しいピンク色の薔薇が輝く。
騎士団長と筆頭魔術師は目線をそらした。
「邪魔するんじゃないんじゃあ!!!!!」
「目を覚ませ!兄さん」
「ワシはウスハなんじゃあ!!!」
ウスラは兄へ渾身の呼びかけを行うと、その身にまとう空気を変えた。
「お前の本体は分かっているぞ」
力の集約。
「あのゲームの主人公はウスハじゃない」
ウスラは両手の指を合わせて前へ突き出す。
「ウスバだあッ!!!!!」
ウスラは<ボイド>を発動させた。
膨大な力が一転に収束し、ウスハゲーノの頭上を襲う。
ジュッと熱した鍋に水をかけたときのような音がしたかと思うと、辺りは静けさを取り戻した。
後には一筋の髪を失ったウスハゲーノが仰向けに倒れていた。
危機は終わったのである。
*
その後、プレシャス王国で検診をうけた二人の胸に、薔薇も滅の字もなくなっていた。
高熱と汗で一筋の帯状になった毛の束が、ウスハを乗っ取っていたモノの正体であったという。
元は女神の祝福を受けて<豊穣>の能力を授かっていた心優しいウスハゲーノ。異界からの侵入物に拒絶反応を示し、熱にうなされている間中、毛の辺りで脅威を留めていたらしい。しかし頭という重要な立地条件にやがて脳を刺激されてしまった彼は、侵入者に動きを封じられてしまった。
あれから幾日もの時が流れ、あの時更地に戻ったウスハの頭も、今は産毛が再生してきている。
一方双子の弟ウスラの能力も元の<分解>に戻った。魔法大学校の出なので魔法はいろいろと使えるが、落ち葉や野菜の残った皮などから良い土と肥料を作り出して皆に分け与えているという。二人はその後プレシャス王国とゴージャス王国の間の土地で、豊かな農業地帯を築いたと伝えられている。
おしまい。




