月夜のクリーニング屋 ~星の光で洗う、ぼくの大事な宝物~
ざあざあと降る雨の日。
カズオは学校から飛び出し、傘を開こうとして、「あっ!」と声を上げて傘をたたみました。
そのまま、傘をささずに歩きはじめます。
「おーい、カズオ。傘をささないのかぁ?」
「傘をささないと濡れるぞぉ」
友達が笑いながら口々に声をかけますが、カズオは口をギュッとむすんで、何も言わずに駆け出しました。
ずぶ濡れになりながら、傘を抱えて歩いているカズオをすれ違う人が変な目で見ます。
けれども、カズオは黙ったまま前を向いて、ズンズンと歩いていきます。
とうに家の前も通り過ぎてしまいました。
歩いて、歩いて。
薄暗かった町がとっぷりと暗くなりました。
街灯に灯りがついて、夜空に月がのぼっています。
いつの間にか、雨はやんでいたようです。
カズオがなんとなく足を止めると、目の前のお店の看板がチカチカッと明るくなりました。
変な看板です。
お店の名前が書いてありません。
ただ、月と星の絵がすみっこの方に描いてあるだけです。
「何屋さんだろう?」
カズオがガラス窓の外から中を覗くと、お店の人と目が合ってしまいました。
若くて背の高い、ひょろっとしたお兄さんです。
お兄さんはニコッと笑って、外へ出てきました。
「いらっしゃいませ。君、雨に降られちゃったのかい?ちょっと寄っていきなよ」
「僕、お客じゃないから・・・」
「いいから、いいから」
お兄さんに背中を押されて、カズオはしぶしぶお店の中に入りました。
「はい、これ、タオル。髪、拭きなよ」
渡されたタオルは真っ白でフカフカでした。
カズオは頭をワシワシと拭きました。
「ねぇ、ここ何屋なの?」
「ここはクリーニング屋だよ。どんな汚れもたちまち落とす!落ちない汚れはない!」
「ふぅん」
カズオは、ずっと抱えていた傘に目をやりました。
「じゃあさ、これも落とせる?」
カズオは思い切って傘を開きました。
傘には「バカ」「死ね」と書かれていました。
「なんだ、君、傘持ってたのか。どれどれ?あちゃー、思いっきり悪口が書いてある。どうしたの?これ」
「言わなきゃダメ?」
「そこが肝心なんだ」
カズオは、友達に「傘をおちょこにしよう」と誘われたけど、もう傘をおちょこにしない、と言ったこと。
それで、ケンカになったこと。
いたずらされた傘を捨てようと思って歩き回っていたことをボソボソと話しました。
「捨てるって、これ、君の大事な傘だろう?」
「なんで?」
「シールが貼ってある。このシール、レアなやつだよな」
「うん・・・」
お兄さんが立ち上がって大きな声で言いました。
「よし!汚れを落とそう!」
「できるの?」
「できるとも!」
お兄さんは「ついてきて」と言いながら、カズオの傘を両手で持って、お店の奥の扉を開けました。
扉の外は野っ原でした。
「洗濯機は?」
「まぁ見てなって」
お兄さんは、丁寧に傘を開いて草むらにそっと置くと、ポケットからオカリナを出して吹きはじめました。
どこかで聴いたことがあるような曲です。
なんで呑気にオカリナなんか吹いてるんだろう、とカズオが思っていると、不思議なことが起こりました。
空にまたたいていた星の光が、砂のようにさらさらと傘に降りかかったのです。
さらさら、さらさら。
星の光が触れる度、傘に書かれた文字が消えていきます。
さらさら、さらさら。
「よし!仕上げだ!」
オカリナの曲が変わりました。
これも、どこかで聴いたことがあるような曲です。
今度は月の光がふんわりと傘を包んでふわっと輝きました。
きれいだなぁ、とカズオがみとれていると、ふいにオカリナの音がやみました。
「はい、傘はきれいになりましたとさ」
お兄さんがカズオに傘を手渡しました。
本当に、傘はすっかり元通りの姿に戻っていました。
お兄さんが静かな声で言いました。
「なぁ、カズオ」
カズオはびっくりしてお兄さんの顔を見上げました。
「なんで、僕の名前・・・」
お兄さんは、それには答えずに、まっすぐにカズオの目を見て言いました。
「明日学校に行ったら、友達に『この傘は大事な傘だから、もうおちょこにはしないって決めたんだ』って、正直に言ってごらん」
「でも・・・なんで大事なのかは言いたくない」
「そこは黙ってていい。とにかく大事で壊したくないってことをちゃんと伝えるんだ」
「うん・・・わかった」
お兄さんはニコッと笑って言いました。
「よし!じゃあ、カズオを家まで送って行こう。遅くなっちゃったからな。一緒に叱られてやるよ」
「うん!」
カズオは元気良く答えて、ゆっくり傘をたたむと、しっかりと抱えました。
「オカリナを吹いてやろうか」
「夜、笛を吹くとヘビが出るよ」
「そうか」
ハハハ、と笑って、2人は夜の町を歩きました。
お兄さんは、傘に「カズオ」と名前が書いてあったこと。
そして、きれいになった傘が小さな声で「ありがとう」と言ったことは、黙っていました。
「あべこべの傘」の続きのおはなしです。
約1000文字童話を書いているつもりが、
とても長いおはなしになってしまいました。
でも、どこも削るところがなくて・・・
お読みくださって、ありがとうございます。




