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第7話 望んだ片鱗

「──おかあさんっ!!」


 床へうずくまる母へ飛びつく。血と涙で滲んだ顔が、ゆっくりとニィナを見上げた。

 わなわなと、口が震える。


「ニィナ……、あぁっ! ニィナ!!」

「おかあさん、待ってて。今縄をほどいてあげるから……!」


 ロベルタの背後へ回る、が、幼い少女の手では固く結ばれた荒縄を解くことは不可能であった。

 無理矢理力を入れる。爪に血が滲んだ。


「どうしてここへ来たのっ! お母さんのことはいいから、早く逃げなさい!」

「だいじょうぶ、もうだいじょうぶなんだよ、おかあさん」


 ニィナはまるで自分に言い聞かせるようにそう言った。


 周りを見回す。何か刃物はないだろうか、と思ったがそう都合よく見つからない。

 諦めてニィナは母親に抱きついた。あとでアスレインを頼るほかない。


「あのね、助けてくれた人がいるの。だから、もう大丈夫」

「助けてくれたって……」


 それは、もしかして。

 ロベルタがそう続ける前に、扉が音を立てた。誰かが部屋に入ろうとしている。

 ロベルタは不自由な体で、ニィナを庇うように前へ出た。


 果たして、扉の先にいたのはアスレインだった。

 コートに血が滲んでいたが、黒い布のそれに母娘は気が付かない。


「アスレインさん!」


 ニィナが安心した声で呼ぶ。


「とりあえずは……、ご無事でなりよりです」


 近づき、腰を下ろす。

 懐から折り畳まれたナイフを取り出し、ロベルタを拘束していた縄を解いた。

 自由になった手で、母は強く娘を抱きしめる。


 肩が震えている。


 もう二度と会えないかと思ったのだ。無理もない。

 アスレインは小さく息を吐いて笑った。最悪な結末は免れたようで、ほっとしている。

 十分に娘の存在を確かめた母親は、目の前の青年へ礼を言うべく口を開けた。


「あの、ありがとうございます。本当に、あなたがいなければどうなっていたことか……!」

「いいえ、当然のことをしたまでですから。……それで、ロベルタさん」


 一度言葉を切る。警戒されないよう、丁寧に尋ねる。


「……あなたですよね。祝福者は」


 これに驚いたのはニィナだった。眼を見開き母を見上げる。


「おそらくあなたは、『望んだ場所に望んだ物』を生み出す力を持っている。それでニィナを祝福者だと見せかけて、軍、もしくはレジスタンスに保護させようとしていた。これが僕の見解です」

「…………」

「ニィナが屋台へ来た時、あなたも一緒に着いてきてましたよね。わざと少ないお金を渡して、僕に祝福を見せつけた」


 よく勘違いされることだが──、祝福者同士はお互いの力を認識する。


 発動時ではない。

 顕現時に、だ。


 そのため多くの場合は、力を行使したロベルタ本人ではなく、手のひらから物体を取り出したニィナの方を祝福者だと勘違いするだろう。

 しかしアスレインは祝福者ではない。

 場の状況を見て判断し、ロベルタこそが祝福者であると結論づけた。

 

 ロベルタは自重気味に笑い「何もかもご存知なんですね」と言った。


「上手くいくと思ったけれど……、ダメね。結局あいつらにもバレたんですもの」

「おかあさん……」

「ニィナも、ごめんね。守るためと言ってあなたをずっと騙し続けてた……」


 守りたかった。何よりも一番大切な宝物。それなのに傷つけてしまった自分が情けない。

 両手で顔を覆う小さな母親を、ニィナは正面から抱きしめた。


「大丈夫だよ。これからはニィナが守る番だから!」


 ──母と娘の時間だ。これ以上邪魔するわけにはいかないだろう。

 アスレインは、一度外へ出ることにした。残してきたものも、あることだし。






 陸には赤茶色のくせっ毛の青年が仁王立ちで待ち構えていた。


「友よ」

「違うからね、ほんと」


 一体何にシンパシーを感じたのか、先ほどとは打って変わって友人面を貫く男を、アスレインは生かすことにしたのだ。

 決して慈悲などではない。

 ただ、使えるものは残すだけだ。


(どうせ一人既に見逃してるわけだし。変わんないだろ)


「それで、様子はどうだった?」

「とりあえずは無事かな。誰かのせいで怪我はしてたけど」


 そう言うと、ロシェドは苦い顔をした。よく見ると、彼の頬には薄いそばかすが散らされていた。


「やはり生きているうちに、殴っておくべきだったかな」

「もういいよ。で、これからの話だけど」

「ああ! 彼女らを安全な島に送り届ければいいんだろう?」

「いや、それはこっちでする。君はまっすぐ大陸へ帰るんだ」


 ロシェドは、思わず仰け反った。


「ええっ、これから行動を共にするのでは!?」

「あのね、そう簡単に軍から脱走なんてできないよ。この状況が上にバレるだけでもマズいのに」

「だが、君も脱走兵だろう?」


 問いかける。アスレインは答えない。

 構わずロシェドは続ける。


「ジュラルが言ってたな。君の顔を見たことがあるって。確か……、ゼ、ゼラ……いやゼレ……?」

「まあ、そんなものはいいんだよ」


 答えの出ない独り言を切り上げるべく、そう言った。

 気が付かないなら、それがいい。


「とにかく大陸へ。何かあれば手紙を出す。君からは何もしないでくれ。いいね?」

「あぁ任せてくれ! 友の期待に応えよう!」

「いやだから……、もういいや」


 そのままロシェドとは別れた。

 「では!」と言って遠ざかっていく背中を見送る。

 大陸の船とは別に帰る手段があるのだろうか? ……まあ、必要なら戻ってくるだろう。


 そう思い直して、アスレインも足を踏み出した。あの二人を迎えに行くのである。


(とりあえずこの島を出て……。フィドル島国でも目指そうか。あそこは移民も多いし紛れやすい)


 船を見る。甲板に三人の人影があった。

 

 三人……?


 三人とも、暗い色のローブを着ており顔が見えない。彼らは部屋へ入ろうとしていた。

 

 瞬間アスレインは走り出し、船に飛び乗る。

 

 ダンッ! と勢いをつけて床に着地すると、三人が振り返りアスレインを見た。皆一様に武器に手をかけている。

 二人が、一人を庇うように前に出た。


(連戦になるのは避けたいところだけど)


 そうも言ってられない雰囲気である。明らかに、先ほどの奴らとは違う雰囲気を纏った人間が、一人。

 その人物は、アスレインを上から下まで見つめた後、感情の乗らない声で問いかけた。


「ゼレステラの末弟は先の紛争で死んだ、と聞いていたのだがな」

「……ガセネタですよ、その情報は」


 アスレインのことを知っている口ぶりだった。大陸の者だろうか。警戒を強める。

 一人が、他の制止をやんわりと拒んで一歩前へ出る。

 おそらく、この者が一番強い。柄を握る手に力が入る。


「一方的に知られているのも、フェアじゃなかろう」


 そう言って、その人物はフードを脱いだ。一つに結んだ濡羽色の毛先が揺れる、女性だった。

 アスレインの眼をじっと見つめながら、彼女は薄い唇を動かす。


「モルガナ・ヴィエイラ。レジスタンスに属する者だ」

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