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第2話 出会う人々

「………イン、………スレ…ン、…アスレイン!」


 肩を強く揺さぶられている。むにゃ、と唸りながら、アスレインは瞼を擦った。

 どうやら机に突っ伏して眠っていたらしく、体を起こすと関節がポキポキと音を立てた。

 目を覚ました場所は、馴染みの屋台(といっても、ここに通い出したのは2週間ほど前からだ)であった。バンダナを額に巻いた店主は、「やれやれ」と首を振りながら、空になった酒瓶を下げた。


(今日はたしか……狩の手伝いをして、その帰りに連れて来られたんだっけ)


 若いんだから飲め飲め、と勧められるがままに杯を煽って眠りこけてしまったらしい。鈍く痛む頭を抑えると、目の前に水が置かれたので、ありがたく頂く。


「……あれ、みんなは……?」

「もうとっくに帰ったぜ。今日は良いのが狩れたから、奥さん方に食わせてやるんだと」


 店主はニッと笑って、塊のブロック肉を見せた。分けてもらったそれを、今から下拵えするらしい。「腕が鳴るぜ」と包丁を手に取る。


「大部分は新メニューに回して……、端の方は焼くか。お前も食うだろ?」

「じゃあ、いただこうかな」


 日が暮れたばかりで、帰るには少し名残惜しい。アスレインは店主の計らいに頷いた。昼に捌きたてのものを既に食べていたが、美味い肉はいくら食べてもいいものだ。

 肉がブロック状に切られていくのを、頬杖をつきながらぼんやりと眺める。真っ赤な生肉は、少しだけ過去を思い起こさせた。


「島に来て2、3週間か?」


 手を動かしながら、店主が尋ねる。アスレインは肉を見ながら「うん」と短く答えた。


「どうだ、ちょっとばかし小さいが、いいところだろ?」

「うん。優しい人ばかりだし、気候も穏やかだし、何よりご飯は美味しいし。いいところだね」

「へへ、そうだよなぁ」


 また店主が笑う。ここの店主はよく笑う、人好きのする男だった。


「そういやお前、いくつだっけ?」

「この前、19になったよ」

「19なら立派な成人だ。永住権取るのに保証人はいらねぇ。もうここに住んじまえよ。みんなそう言ってるぜ」

「えぇ? 僕なんかを?」


 そう言ってわざとらしくおどけて見せたので、店主が鼻で笑った。言葉を続ける前に、賑やかな道の向かい側で誰かがアスレインの名を呼んだ。


「アスレインー! 今夜ロブの家でカードゲームするんだけど! お前も来いよー!」

「ザック! 行きたいけど、明日も早いから、今日は遠慮しておく!」

「おー! じゃあまた誘うわー!」


 男性たちが建物の中へ消えていくと、入れ替わりに若い女性が駆け寄ってきた。


「アスレインさん、クッキーを焼いたんですけど、よかったら……」

「ああ! ありがとうシュナさん。いただきますね」


 そばかすだらけの頬を赤らめたシュナは、「それでは」と丈の長いワンピースをはためかせ、坂の向こうへと消えていく。

 店主にジトっと睨まれているのも意に介さず、クッキーを頬張るアスレインの足元に、今度は少年がタックルを仕掛けた。


「アスレイン! 今日こそお前をたおすぞ!」

「リック! お前〜! 悪い子だな! ほらほら、この攻撃を避けられるかな?」

「ウワーッ! やめろぉ!」


 素早く手を動かし、リックの脇腹をつつくようにくすぐるので、リックは腹をよじって回避に専念した。それでも完全には避けきれず、アハハハハ、と涙に滲ませながら笑っていた。

 そうしていると、向かい角の出店で買い物を済ませたふくよかな女性が、ズンズンと大股でこちらへ近寄ってくる。


「リック! アンタって子はもー! ごめんねぇアスレイン」

「はなせ母ちゃん! 今日こそ決着をつけるんだ!」

「もうご飯の時間でしょ!」

「アハハ。また明日遊ぼうね、リック」

「クッソー! 余裕なのも今のうちだからなー!」


 母親に腕を引かれながら帰っていくリックに、アスレインは笑顔で手を振る。その様子を見て、店主は口の端を上げながら、呆れたように声をかけた。


「で? 僕なんかがなんだって? 人気者がよォ」

「えへへ」


 アスレインが照れたように頬をかく。屋台の外、道行く人が皆足を止めアスレインに一声かけては去っていくのだ。


 このやさしい顔つきをした青年は、少し前に島へやってきた。滅多に旅人も立ち寄らない小さな島の住民たちは、最初こそ警戒していたものの、その彼の人の良さにすぐに心を許した。今ではすっかり島に馴染んでいる。

 そんな彼が、旅を続ける理由。


「で、"例の情報"は掴んだかよ?」

「……いや、何も」

「そりゃそうだぜ。最初っから言ってるだろ? この島にはレジスタンスのメンバーはおろか、祝福者もいねぇって」


 ──祝福者。天から祝福を受けた者。人とは違う、特別な力を持つ者。"予言"の通りなら、次の世界へ進める唯一の人種。

 祝福者には二種いるのだ。生まれつき祝福を授かった"賜者(たまもの)"と、他人から祝福を強奪した"紛者(まがいもの)"。

 大陸軍は"保護"という名目のもと、各島で生まれた賜者を見つけては攫っている。そんな大陸軍に反旗を翻しているのが、レジスタンスであった。

 アスレインは、2年ほど前からレジスタンスの行方を追っている。手掛かりは未だ掴めていなかった。


「そもそも、お前が来るまでおとぎ話だと思ってたぜ。予言だとか祝福だとかはな」

「でも、予言は本当に起こってるじゃない。大陸が割れたのも、エーブ泥が見つかったのも」



 

──『あなたの故郷に、次に嵐が訪れた頃。大陸は割れるだろう。民は分断され、その土地、その人々で、新しく文化が栄えるだろう』


 滅亡前歴3年、フィルドゴードという土地に嵐が訪れた。その年に大規模な地震が起こり、元々一つだった大陸は割れたのである。欠けた土地は島になり、各地に転々と存在している……という伝説だ。


──『砂漠の土地に星が落ちた頃。あなたの子孫は西の最果てで泥を見つけるだろう。それは暗闇を照らす火を焚べる、薪となるだろう』


 滅亡前歴225年。ククルゥ砂漠に隕石が降った記録がある。そして同時期、西の島エーブから赤茶色の泥を大陸へと持ち帰った人物がいる。この泥は燃料となり、夜を灯す"泥灯"として一般にも広く普及し、また、あらゆる機器の動力源となっている。


 三つ目の予言はまだ起こっていない。そもそも太陽が欠ける、という意味が解明されていなかった。

 けれど、もう間も無くではないか、という噂がまことしやかに囁かれている。


 



 

「つっても、大昔のことだしな。あくまでも言い伝えだろ?」

「少なくとも、祝福者はいるよ。僕も見たことがある」


 肉の焼ける香ばしい匂いを嗅ぎながら、アスレインは思い出す。自身は恵まれなかったが、大陸軍には祝福者が多く在籍していた。


「……嫌になるね。手掛かりも何もないんだもの」


 2年だ。大陸軍を()()()単独行動を続けてから、2年が経っている。10を超える島を渡り歩いた。祝福を持つ者と出会うことはあったが、肝心の情報が手に入ることはなかった。

 机に突っ伏すアスレインのつむじを、店主はジッと見つめる。大皿に盛った肉をコトリ、と置きながら、店主は声を潜めてこう言った。


「アスレイン、短い付き合いだがな、俺はお前を信用してるんだぜ。俺だけじゃねぇ、みんなそうだ。だから……今からする話は、俺の独り言だ」

「……?」

「この島に祝福者はいねぇっつったがな、ありゃ嘘だ。いわゆる()()がいるんだよ」


 息を呑む。この島に、賜者が。

 正直言って、アスレインにとって祝福者というのはそう珍しくない。だがそのほとんどは、紛者であった。

 他人から祝福を奪って、奪って、奪って。その繰り返しで広がっていった。生まれつき天から選ばれた人間というのは、そう多くない。


「それは……、前から?」

「多分な。でも知ったのは最近だよ。実は半年前ぐらいにも旅人が寄ってな。ソイツが紛者の祝福者だったらしい」


 なるほど、とアスレインは頷き、皿の肉をつまんだ。

 祝福者同士は力を行使するとそれを感知すると聞いたことがある。なんでも、それが賜者か紛者かまで分かると。


「それが誰かは?」

「俺も聞いたんだがな。そこまで首突っ込む気はねぇ、とよ。だが、ありゃタレ込むね。それが大陸軍か、はたまたレジスタンスにかは知らねぇが」


「賜者の祝福者がいる」と、大陸に情報提供すれば多額の金を受け取れる。だがレジスタンスは……見返りはない。余程の物好きでなければ、大陸側に話すだろう。


「まあ、攫うって言っても保護してくれんだろ? 正直言って、こんな田舎にいても厄介ごとに巻き込まれるだけかもしれんし、大陸に行くのもいいかもな」

「いいや、駄目だよ」


 拳を握る。まるで何かに耐えるように、強く目を瞑っている。


「大陸は駄目だ。あそこじゃ……"人"としての扱いは、受けられない」

「おい、それって──」


「おじさん!!」


 子供特有の、高い声が、重苦しい雰囲気を霧散させた。

 声のした方を見ると、小さな女の子が背伸びしながら、机から顔を出している。


「お、おお! ニィナか! どうした?」

「煮たやつちょうだい! おかあさんと食べるの!」

「シデルデ魚の煮付けだろ? ちょっと待ってろ。今包んでやるからな」

「二つちょうだいね!」

「わーってる、わーってるよ」


 店主はニィナが持参した深皿を受け取り、魚を二つと、いくつかの根菜を入れていく。

 はじめて見る顔だな、と思いながらアスレインが「こんばんは」と声をかけると、ニィナは少し驚いた顔をして、恐る恐る「こんばんは」と返した。


「はじめまして、だよね? アスレインと言います。少し前にこの島に来たんだ」

「そう、なんだ。はじめまして」

「なんだぁ、ニィナ。緊張してんのか? ビビんなくても、ソイツは悪い奴じゃねぇよ」

「フーン……」


 ニィナは二、三度瞬きをして、アスレインを見た。ニコリ、と微笑むと、そっぽを向く。


「ありゃ、嫌われちゃったかな」

「色男でも、人見知りは発動すんのか」

「色男って……」

「ほれ、入れたから持って帰んな。ちょっと重いけど持てるな?」

「うん」


 ニィナは頷き、それから自身の懐に手を突っ込んだ。少ししわくちゃになった紙幣を取り出し、店主に手渡す。

 店主はそれを受け取り、指で数えてから、首を傾げた。


「おかしいな。20バルド足りねぇぞ?」

「えぇっ、ニィナちゃんと持ってきたよ!」

「うーん……もっかい数えるか」


 指で丁寧に紙幣を弾くが、やはり足りないらしい。その様子を見て、アスレインは自身の財布を取り出そうと下に目を向けた。その時だった。


 机の下で、少女は両手を椀のように丸めていた。するとそこに、何もなかったはずのそこに、2枚の紙幣が現れた。パチリ、目を瞬く。見間違いではなかった。


「あ、あったよ! ポッケに入ってた」

「なぁんだ、よかった。じゃあこれで丁度な。まいど!」

「うん! またね! アスレイン、さんも」

「う、うん……、また……」


 深皿を手に取り遠ざかっていく背中を見つめる。あれは手品でもなんでもない。

 まさしく、祝福の力だ。


「今の子って」

「ん? ああ、ロベルタって母親と二人暮らしでな。母娘そろって体が弱いとかで、あんまり外には出ねぇが、いい子だよ」

「…………」


 アスレインは取り出しかけた財布を再度掴み、いくつかの紙幣を机に置いた。「貰いすぎだ」と顔を顰める店主に、「情報料だよ」とアスレインは答えた。

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