第1話 ある末路
夢を見ていた。
暗闇の中で、指先一つさえも動かせない。
呼吸ができない。
血と硝煙の匂いがする。
体の底から冷えていくような、薄気味悪い夢。
いや、夢ではない。
僅かに瞼を持ち上げる。
崩れかけた建物。
泣きじゃくって親の体から離れない子供。その手を引いた。
かすかに見える、出口への扉。
──爆音。
慌てて子供に覆い被さる。
床が抜け落ち、そのまま地面へと落下していく。
そこで、意識は途絶えている。
子供の気配はもう、近くにはなかった。
(──動け)
体が重い。
足が何かに挟まっている。
腹から下の感覚は、無かった。
それでも。
(動け!)
──子供が泣くような世界は、あってはならない。
その言葉を思い出す。
昔から、要領はいい方だった。
なんでもできると思っていた。甘く、見ていたのだ。
向こう見ずに飛び込んだことを後悔する。
動け、動け、と念じる。こんなところでくたばりたくない。
だってまだ、何も知らない。
はじめて撫でてくれた、あの人のこと。
教えてくれた、世界のこと。
知りたい。
ようやく動いた手で、軍服の下に仕込んだペンダントを撫でた。
冷たい金属の音が僅かに鳴る。それだけだった。
苦しい。息ができない。目の前が見えない。怖い。まだ何も成せていない。約束も、何も。
ぼんやりと意識が霞んでいく。死がそこまで迫っている。
まるで走馬灯を見るように、家族のことを思い出した。兄姉は多かったが、ほとんどは物心つく前に死んでしまった。
自分はそういう家の末の子として生まれた。
いつか自分も、彼らと同じように死ぬのだと。覚悟はしていたけれど。
(──いやだ、まだ……)
瞼が落ちる。泥に沈む。呼吸が止まる。静寂が訪れる。
──意識を失う、その直前。
瞼越しに、眩いほどの輝きを見た。
人には、等しく死が訪れる。それを阻む術はない。
悪人も聖人も、心臓が止まれば死ぬ。それだけは絶対だ。
覆せるのは、人の領域外のものであれば、或いは。
冷たく、暗い瓦礫の中。
小さな光があった。
黄金に輝く球体。
両翼の銀の翼を羽ばたかせ、僅かな隙間を縫って何かを探している。
輝くそれは、やがて黒髪の少年を見つけた。
まだあどけなさが残る顔。
しかし既に、正気は失われていた。
不思議な生物は、事切れた少年の胸元に体をおろした。
そして、まるで抱きしめるかのように翼で冷たい体を包み込む。
瞬間、辺りの空気が金色にぼやけた。あたたかな光だった。
丸い体が、少年にゆっくりと沈んでいく。
おだやかに、なだらかに、ひとつへ溶け合っていく。
ぴくり、
完全に金色が見えなくなる頃、少年の指先が、わずかに地面をひっかいた。
瞼を開ける。息を吸う。
暗闇に、少しずつ目が慣れていく。
頭の中で、誰かの声が響いた。
『──アスレイン、私の星。私の愛子。
ここはあなたの死地には及ばない。今一度立ち上がり、歩き出し、そして、あの子と出会いなさい。修羅の道を、あの子と共に歩きなさい。
全てが終わる、その時まで。私はあなたの核となりましょう』




