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第8話 うごめく影と灰色の猫

 東塔へ続く屋根付きの渡り廊下に辿り着くと、窓枠に一匹の灰猫がぽつんと座っていた。


「おや、ミュラじゃないか」


「ミュラさん?」


 猫はにゃあんと一鳴きしてから、優雅に廊下へと降り立った。


「御機嫌よう、陛下。そちらのお嬢さんは?」


「こちらはカナリヤ。僕のお嫁さんだ」


「へえ、これはこれは。どうも」


「は、初めまして、カナリヤです」


 この猫――ミュラさんも、きっとサリオン様の家族の一員なのだろう。

 私は失礼が無いように、しゃがみこんで出来るだけ目線を合わせて、頭を下げた。


 そんな私の仕草に、ミュラさんは満足そうに灰色の尻尾を揺らす。


「陛下、なかなか、お人形を動かすのが上手になったじゃないですか。本当にお淑やかなお嫁さんのようですよ」


 ゴロゴロと喉を鳴らしながら私の足元に擦り寄ってくるミュラさんの様子に、私とサリオン様は思わず顔を見合わせた。


 それから、少し言い辛そうにサリオン様が口を開く。


「あー、ミュラ? カナリヤは僕が死体から蘇らせた存在ではあるが、僕の意志とは無関係に動いている。彼女は、自分の意志も記憶も持っているのだ」


「ええっ? またまた、ご冗談を! だって今まで、そんなことは一度も――」


 騙されませんよとばかりに笑いながら、ミュラさんが私を見つめる。

 私はその顔を、困ったような焦ったような微笑みで見つめ返す。


 何とも言えないその表情に何かを感じ取ったのか、ミュラさんが無言で思案し始めた。


「……」


 そして恐る恐る、口を開く。


「……本当に?」


「本当だ」


 サリオン様の肯定の言葉に、ミュラさんが硬直した。

 そして次の瞬間には尻尾を逆立てながら、私から距離をとって威嚇をし始めた。


「にゃんだって!? 騙したなっ! シャーッ!!」


「ひゃあ! ご、ごめんなさいっ」


「こら、ミュラ。カナリヤは別に騙していないだろう」


「陛下も陛下です。どうして急に、連れてきた娘をお嫁さんだなんて」


「可愛いからだ」


「可愛いですって!?」


 可愛い可愛いと言われるたびに、私は頭が爆発しそうなほど恥ずかしいのだが、それはともかく。


 サリオン様の言葉を受けて、ミュラさんは改めて私を訝しげに見つめた。

 その視線の鋭さに、私は思わず後ずさりしそうになってしまう。


 しかし、急にミュラさんの耳がピン、と元気よく持ち上がった。


「なるほど、確かに可愛い!」


「へっ?」


「そうだろう、そうだろう!」


「可愛いから許すよ。宜しくね、カナリヤ」


「へえっ!?」


「良かったな、カナリヤ」


「あっ、あ、ありがとうございます……?」


 よく分からないけれど、許されてしまった。

 困惑しながら再度頭を下げる私をよそに、サリオン様とミュラさんは仲良さそうにじゃれている。


 ――この二人は、少しノリが似ているのかもしれない。


 取り合えず安堵したのも束の間、廊下全体に低い声が響き渡った。



「全く、本当にオマエは適当すぎる」



 私は驚いて身を竦めたが、サリオン様は平然としている。

 そしてミュラさんは、全身の毛を逆立てて廊下のある一点めがけて威嚇し始めた。


 よく見ると、その場所の影がどんどん深く濃く染まっていき――やがて影の中から、全身真っ黒な人影が浮かび上がってきた。


「ノクス! 相変わらずボクに喧嘩売ってんのか、オマエ!」


 ミュラさんが黒い人影――ノクスさんへ声を荒げる。


「真実を言っているだけだ。それとも、適当な自覚がないのか?」


「にゃんだとぉ……!」


 険悪な雰囲気に、私は狼狽えながらサリオン様へ視線を向ける。

 城の主たる彼ならば、きっと喧嘩も仲裁してくれるはずだ。


 しかし、サリオン様は、ミュラさんとノクスさんのやりとりをにこにこ眺めているだけだった。


「この二人は古い付き合いらしくてな。いつもこんな風に仲良くやっているんだよ」


(殺伐としているようにしか見えませんが……!?)


 私は軽く頭を抱えながらも、取り合えず挨拶だけはしておこうと頑張ることにした。


「え、ええと、ノクスさん。私、カナリヤと言います。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる私の方に、ノクスさんの視線が向いた気がした。

 ――全身真っ黒なので、本当に視線が向いたかは確認が出来ないのだ。


「知っている。ずっと影から見ていた」


「えっ、ずっと……ですか!?」


 驚いている私の横から、ミュラさんが言葉を放つ。


「うわーっ、陰湿、陰湿! 影は他人のプライバシーも守れないのかね?」


「黒曜城で常に目を配って安全に配慮するのがオレの仕事だ」


「はっ、どうだか。カナリヤも気を付けた方が良いよ? こいつ、すぐくっついてくるし!」


「少なくとも喧しい猫には、オレは付いて行かないがな」


「ああん? 喧しい猫って誰のことぉ!?」


「言われなきゃ分かんないか?」


(あわわ……)


 あっと言う間に、喧嘩が再燃してしまった。

 狼狽することしかできない私の肩を、サリオン様がそっと優しく抱き寄せてくれた。


「カナリヤ! 喧嘩を見るのも飽きたから、君の部屋に行こう」


「えっ! あ、は、はいっ!」


 とても軽いノリの言葉に戸惑いつつも、きっとサリオン様が止めに入らないということは、大きな問題ではないのだろう。


「ではお前達、これから僕のお嫁さんを宜しく頼むぞ」


 睨み合うミュラさんとノクスさんの横を通り過ぎながら、サリオン様が笑いかける。


「「承知しました!!」」


 半ば自棄のような二人の怒鳴り声が重なった。

 ――確かに、結構仲良しなのかもしれない。


 私はそのままサリオン様に手を引かれて、東塔へと移る。



 パリイインッ!! ガンガンッ、ガキインッ!!



 先程通ってきた渡り廊下の方から、明らかに物が壊れる大きな音が響いた。

 私が表情をひきつらせていると、サリオン様はくすくす肩を揺らしながら囁きかけてくれる。


「ははっ、また窓と柱を壊したな。奴ら、あとでリュミエから大目玉だぞ!」


 私は目を丸くしながらも、つられて笑ってしまった。

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