第7話 大きな窯のババさん
「陛下! レディに対して、なんたる態度ですか!! 抱きかかえて城の中を走り回るなど!」
「しかしだな、ババ」
「しかし、じゃありませぬ!」
「うぐっ」
城の広々とした厨房の中央に巨大な古ぼけた窯が設置されている。
そこから紫色の煙が立ち上り、老婆の上半身を形作っていた。
彼女こそ、サリオン様が紹介してくださった「ババさん」だ。
そしてサリオン様は、厨房を訪れた瞬間にババさんから叱られ始めている。
「あの、その、私は別に大丈夫で――」
「お前さんもだ! されるがままになってるんじゃないよ!」
「ひっ、ご、ごめんなさい……!」
窘められた結果、サリオン様は私を下ろしてくれた。
そして少し不服そうに項垂れて、ババさんのお説教を聞いている。
私もその隣で一緒になって叱られて、びくびくとしてしまう。
ババさんはとても怖い。でも、言っていることは間違っていなかったし、その裏にはサリオン様への愛情や温かさが垣間見えた。
理不尽に感情をぶつけてきた私の義母や義妹とは全然違う。
少しだけ、母や、昔の父を思い出してしまった。
「なんだい、叱られている最中に変な顔をして!」
「あっ、ごめんなさい。死んだ母を思い出してしまって……」
私の言葉に、ババさんは驚いたように片眉をあげた。
それから暫くの沈黙を挟んで、ごほんごほんと咳払いをする。
「ふんっ、まあ、お説教は今日はこのくらいにしておこうかね」
「やっと終わったか、ババ」
「陛下は少しは反省してくだされ!」
「分かっている、分かっている。次からは廊下は歩く」
「そういう問題では――ああ、もう、ようございます。で、今日はそちらのお嬢さんの紹介をしていただけるのでしょう?」
「そうだった。こちら、カナリヤ。僕のお嫁さんだ!」
「ええと、カナリヤです。宜しくお願いします」
「ふうん?」
ババさんは周囲に紫色の煙を漂わせつつ、私をじっと見つめてくる。
「事情は大体把握しているよ。私はババ。この城で厨房や火の世話をしているのさ」
そこまで言って、ババさんは盛大に溜息を吐いた。
「それにしても、陛下はともかく、リュミエまで、全く何をしているんだい! 年頃の娘っ子に、こんな傷だらけの服を着せたままで!」
「ともかくとはなんだ……!」
その言葉に、サリオン様がむっとした様子で言い返す。
「仕方が無いだろう、これから衣装に着替えさせるところだったのだ。それに、カナリヤはこのままでもとても可愛い!!」
「そういう問題ではございません!」
「あ、あの、元から着ていた服ですし私は別に――」
「お黙りなさいっ!!」
「はいっ、ごめんなさい!」
「東塔に急いでカナリヤの部屋を準備するよ! そこにドレスも運んでおくから着替えておくこと、良いね?」
「えっ……、私、お部屋を頂けるんですか?」
「何を当たり前のことを言っているんだい!」
「カナリヤは僕と一緒の部屋で暮らすんじゃないのか!?」
「陛下。女性にはプライベートな空間も必要なものなのです!」
「そうなのか!?」
「ああもう、この御方は全く……。リュミエとヴァルクが昔から甘やかすから……」
ぶつぶつと零しているババさんを気にする様子もなく、サリオン様が無邪気に話を続ける。
「そうだ、ババ。今日からは食事は二人分で頼むぞ」
彼の言葉を聞いて、ババさんの表情もふっと和らいだ。
「承知しておりますよ。いつも通り時間厳守で二人分、このババが腕によりをかけてご用意させて頂きます」
「二人分……? 他の方は食べないのですか?」
「ああ、魔物の栄養源は瘴気だと話しただろう。他の皆は、人の食事は食べられないのだ」
「そうだったんですね」
「人形を操って食べさせることなら可能だがな。前に一度したが、意味がないのでやめてしまった」
サリオン様は軽い調子でそう告げたが、その瞬間、ババさんの表情が少し曇った。
――昔、何かあったのだろうか。
「だが、今日からは違うぞ。ずっとカナリヤと一緒だ!」
こちらを向いて、サリオン様が私の両手をぎゅっと握る。
私は自然に笑顔が零れて頷いた。
「はいっ。嬉しいですし……楽しみです」
そして好きなメニューなどを聞かれたりした後、厨房を後にすることになった。
サリオン様は反射的に私を抱きかかえようとして、ババさんの視線を感じてすぐに大人しくなる。その光景が楽しくて、私はくすくすと笑った。
「では、お手をどうぞ、レディ」
「はいっ」
今度こそ、差し出された手を取って私は歩き出す。
「カナリヤ、陛下を宜しく頼むよ」
背後から聞こえた声に、思わず振り返った。
窯の中に戻ろうとしていたババさんと目が合い、彼女は優しく微笑んでくれた。
◇ ◇ ◇
私たちは楽しく会話を交わしながら、城の中を進んでいく。
「次はカナリヤの部屋を見に行こうか」
「そうですね、お着換えも用意してくださるとのことですし」
「東塔は魔物たちの居住区域になっている。僕や、リュミエたちの部屋もそこにあるぞ」
「皆さんと近くのお部屋なんですね、嬉しい」
「当り前じゃないか!」
そんな二人の背後から――黒い大きな影が、じわじわと忍び寄って来ていた。




