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第6話 人形兵士と瘴気の森

 サリオン様は、私を抱きかかえたまま身軽に駆ける。

 私は振り落とされないように、必死にしがみ付いていた。


 そして長い廊下を抜けると、大きな中央の玄関ホールに辿り着く。


「わあっ……広いですね」


 石造りの黒い床は鏡面のように綺麗に磨かれている。

 青白い光を放つ照明が各所に配置され、荘厳な雰囲気を作り出していた。


「そうだろう、そうだろう。良い雰囲気だろう?」


「はい、とても落ち着きます」


 私がそう答えると、サリオン様は端正な顔を子供のように満足げに綻ばせた。


「全部カナリヤのものだぞ。君は僕のお嫁さんだからな!」


「え、ええっ!?」


 にこにこと邪気のない様子でそういうサリオン様に、私は慌ててしまう。

 

 ――決してその好意が嬉しくないわけではないのだけれど。

 出会って10分くらいの方と結婚の約束をするのは、何となく不誠実な気がして気後れしてしまう。


「あの、サリオン様。結婚のことなんですが――」


 悩んだ末、私が口を開こうとしたのを遮るように、規則正しい複数の足音が近づいてきた。


「きゃっ!?」


 私は驚いて、サリオン様に身を寄せた。

 そんな私を見下ろしながら、サリオン様はくすくすと笑う。 


「大丈夫だ。僕の人形兵士たちだよ。城の護衛を任せてある」


「人形兵士、ですか?」


「そう。護衛、掃除、物品の管理――城での細々とした仕事は、大体を死体人形に任せてあるんだ。なにせ広いからね!」


 やがて西の廊下の奥から、数十人の黒い鎧をまとった兵隊が姿を現した。

 彼らは一糸乱れぬ動きで行進し、玄関ホールの大きな扉を挟むように整列する。


 私は目を凝らして、その人形兵士たちを観察する。

 全員、顔は俯きがちで表情は固かったが、それでも生きている人間にしか見えなかった。

 

「あの、本当に、この方たちは、その、死んでいるんですか?」


「そうだよ! この城の周りは瘴気が濃すぎて、人間は生きていけない。迷い込んで死んでしまった人間を回収している内に、結構な数になってしまった」


「先程のお話通りだと、彼らに意志は……」


「ああ。この人形たちは、僕が操った通りにしか動かない。逆に言えば、これほど忠実な働き手はいないさ!」


「それは確かに」


 人形兵士たちは、微動だにせず扉を守り続けている。

 彼らには休息も必要なさそうだ。

 

「さあ、もっと素敵な場所を見に行こう」


「ひゃっ! は、はいっ!」


 サリオン様はそう言うと、当然のように私を横抱きにしたまま、玄関ホールから続く大きな螺旋階段を上り始めた。


◇ ◇ ◇


 螺旋階段を上り切った先、広い回廊の突き当たりに大きな窓があった。


 窓の向こう一面に、暗緑色の森が広がっている。

 濃密な黒い霧が充満していて、木々の輪郭は曖昧だ。


「あれは、瘴気の(グリムフォレ)?」


 思わず呟いた私の言葉に、サリオン様が窓の近くで足を止めた。


「そうだよ。初めて見たかい」


「はい。本では読んだことがありましたが」


 瘴気の森からは時折、ぼうっと光が浮かび上がる。

 青白い燐光が枝の影を照らし、歪んだ樹木の影がうねる。


 それは不気味ながら、どこか幻想的な光景だった。

 まるで森全体が生き物のように、呼吸しているようにも見えた。


「無理もないさ! 瘴気は人間にとっては有毒。でも、魔物にとってはなくてはならないものだからね」


「そうなんですか?」


「ああ。魔物の栄養源は瘴気だ。瘴気のない場所では、生きていけない」


「それでサリオン様のお城は、この瘴気の森の中に?」


「多分ね。僕を引き取った時、リュミエとヴァルクが準備したものらしいけど」


 そう告げるサリオン様の顔が何処か柔らかかったので、私も目を細めた。


「信頼されているんですね、お二人のこと」


「そうとも。大事な家族だ」


 その言葉に彼に寄り添ってくれる人たちがいて良かったと思う反面、少しだけ胸が苦しくなる。

 ――私は、大事な家族をすべて失ってしまったから。


 曖昧な笑みを浮かべている私を、サリオン様がぎゅっと抱きしめた。


「カナリヤも家族だぞ。お嫁さんだからな!」


「きゃ!」


「さあ、行こう。君を他の家族にも紹介してあげる!」


 無邪気に笑いながら走り出すサリオン様に、私の暗い気持ちは不思議と溶かされてしまった。

 

「ふふっ、はい! あ、でも、私、自分で歩けますよ」


「良いじゃないか、このままでも!」


「そ、そうですか? わわっ!」


「次は厨房にいるババを紹介するよ」


 そしてサリオン様は廊下を抜けて、厨房へと真っ直ぐに向かっていった。

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