第5話 辺境伯さまは、魔王様
生き返ったと思ったら、突然のプロポーズを受けてしまった。
驚きのあまり目をぱちぱちと瞬かせて、私は自分の手を取り微笑んでいるサリオン様を見つめる。
「結婚って、ほ、本気ですか?」
「勿論。ああ、安心してくれ給え。指輪はすぐに用意しよう!」
「い、いえっ、そういう問題では無くて……!」
「指輪ではない? では、そうか、花か! ヴァルクの本棚にあった恋愛小説に、確かプロポーズには花束が必須だという旨が書いてあったな」
「陛下、何を勝手に読んでいるのですか!?」
巨漢のゴーレムであるヴァルクさんが、慌てたように叫び声をあげる。この方は強面だけど、恋愛小説がお好きらしい。少し意外な趣味だな、と考えていた私は、ふと違和感に気づいた。
「そういえばサリオン様は辺境伯なのに、陛下と呼ばれていらっしゃるのですね」
「当然だ、この御方は!」
大声を出すヴァルクさんにびくりと固まっていると、嗜めるようにリュミエさんが口を挟んだ。
「威嚇するのはお辞めなさい、ヴァルク。大切なお客様よ?」
「いいや、嫁だが!」
「私はまだ認めていませんぞ、陛下!」
「二人ともお黙りなさいっ」
騒ぎ出すサリオン様とヴァルクさんを、リュミエさんが一言で黙らせてしまった。
その様子を息を飲んで見守っている私に、彼女は柔らかい微笑みを向けてくれる。
「まだ事情も分からず、ご不安なことでしょう、カナリヤ様。私が説明いたしますね。でも、その前に……」
言葉を切ったリュミエさんの姿が、一瞬で大蛇から品の良い貴婦人へ変化した。魔法だ。
魔物が人の姿をとるなんて物語の世界だけだと思っていたけど、それがいま現実に起きている。夢みたいな光景に、私の心は場違いに弾んだ。
「この方がお話しやすいでしょう。ヴァルク、貴方も変化なさい」
「なんで私まで……」
文句を言いつつも、ヴァルクさんも同じように人間の姿へ変化する。こちらは執事服を着込んだ筋肉質の大柄の男性の姿だ。
「お気遣い、ありがとうございます。魔法が見れて嬉しいです」
「まあ!」
私のずれた感想を聞いて、リュミエさんはお上品にくすくすと笑った。
「それでは改めて、此方にいらっしゃるサリオン様ですが……この方は表向きは辺境伯ですが、実態は異なります」
「実態、ですか?」
「ええ、この御方は、魔王の魂を宿していらっしゃるのです」
「魔王っ!?」
驚いて私がサリオン様へ顔を向けると、彼は誇らしげに胸を張った。
「そうとも! 僕は魔王の魂を持ってこの世に生を受けたのだ。もっとも、記憶も何もありはしないがな」
サリオン様は快活に笑ったが、そこには底知れぬ迫力のようなものがあった。
「魔王……さん、は確か、500年前に勇者パーティーに討伐されたと学んだことがありますが」
言葉を選びつつ話す私に、リュミエさんが頷いた。
「その通りです。魔王様は500年前に亡くなり、我々魔物もみな、身を潜めて暮らさざるを得ない期間が長く続きました。しかし何の因果か、魔王様の魂は復活なされたのです。人間の身体を器として」
「それが、サリオン様……」
「うむ。僕のこの力も、体質も、全ては魔王の魂を宿している為だ」
サリオン様が紫色の宝石のような瞳を細めた。軽い口調で彼は続ける。
「母は僕を産み落とした瞬間に死んだらしい。僕を取り上げた産婆もだ。それで忌み子として処理されそうになったが、僕を殺そうとする人間も全員死んだ。途方にくれて隔離されていたところに、リュミエとヴァルクが迎えに来てくれたという訳だ!」
「そ、そんな……」
私は言葉を失った。それはあまりに壮絶な過去だったから。
何も話せないでいる私に気づいたサリオン様が、心配そうに眉を寄せる。
「ああ、カナリヤは大丈夫だぞ、僕に触れても死ぬことはない。先ほど試しただろう? 安心してくれ!」
そう言ってにこにこ笑うサリオン様に、私の胸は締め付けられた。
思うより先に身体が動いて、サリオン様の両手をぎゅっと握る。
「そういう心配をしているのではありません!」
何故だか零れそうになる涙を必死にこらえる。
抱き締められても平気だった私を見て、喜んでいたサリオン様を思い出す。魔物さんたちがいてくれたとはいえ、やはり寂しかったのではないだろうか。
魔王の魂を持っていたとしても、彼は人間として生まれてきたようだから。
「私……、拾って頂いたご恩を、全力でお返ししますから!」
「……っ」
真っ直ぐ目を見つめながら告げる私に、饒舌なサリオン様が押し黙った。
それから、少し心細そうな様子で口を開く。
「カナリヤ、君は……」
その姿を何故か私は懐かしく思った。
どうしてだろう。
何かを思い出せそうになった瞬間、パンッと小気味良い手を叩く音が響いた。リュミエさんだ。
「さあ、紹介も終わりましたし、カナリヤ様に城をご案内してさしあげたらどうです、陛下?」
「おお、そうだな、それは良い。我が黒曜城を案内しよう!」
サリオン様は元気を取り戻した様子で顔をあげると、ひらりとベッドから飛び降りる。
そして私に恭しく手を差し出した。
「ご一緒して頂けませんか、レディ?」
優雅な王子さまのような仕草に、私の胸は高鳴る。
「はい、喜んで……サリオン様」
「やった!」
彼の手をとろうとするより早く、喜びの声をあげるサリオン様に抱きかかえられた。
「ひゃあっ!?」
「さあ、行こう、カナリヤ!」
こうして私は横抱きにされたまま、寝かされていた部屋を後にしたのだった。




