第53話 届いていた願い
マルコスの頼みの綱だった私兵は、既に死体人形としてサリオン様の支配下となっていた。
「兵が死んでいた? 人形?」
完全に逆転の可能性を失い追い詰められたマルコスは、縛られ床に転がったまま、冷や汗を流しつつ目を見開いている。
「まさか噂通りの、死霊術を? 馬鹿な。魔王、いや死神、悪魔め!」
掠れた声で吐き捨てられる罵詈雑言を、サリオン様は冷めた眼差しで受け止める。
「別に僕のことは、何と言おうが良い」
私をぎゅっと抱きしめたまま、彼はゆっくりとマルコスの傍へ歩を進めた。
そして温度のない言葉が告げられる。
「だが、お前がカナリヤにしたことは許されない」
それは怒りが頂点を遥かに通り過ぎた男の、淡々とした死刑宣告だった。
黒紫の瞳には、見つめられただけで心臓が止まってしまいそうな静かな迫力があった。
マルコスは恐怖で言葉を失い、震えることすら忘れて硬直したようだった。
「こんなに酷い目に遭って。可哀そうに……」
一転してサリオン様が、私の方へ慈しみの眼差しを向ける。
その顔が本当に悲しそうで、私の心は締め付けられた。
彼が軽く触れると、私を縛っていた足枷も呆気なく外れる。
枷が当たって小さな傷を作っていることに気づいて、サリオン様はまた切なげに目を伏せた。
「守ってあげられなくて、ごめん」
「そんな。サリオン様は、助けに来てくれました」
「でも、随分時間がかかってしまった」
「いいえ。私が、いけなかったんです。城を勝手に出て、沢山迷惑を掛けて」
「そのことは今は良い。とにかく、……君が戻って来て、良かった」
謝ろうとする私を遮って、サリオン様が優しく微笑む。
彼に心配をかけてしまった罪悪感に胸が軋む。
それでも、――戻って来れてよかったと、心から思えた。
「サリオン様が見つけてくださって良かったです。ここは、隠されていると聞いていたので」
「ああ。途中まではミュラが案内してくれた。そして、その後は……この子が教えてくれたのだよ」
サリオン様の懐から、ふわりと黒いハンカチが飛び出してきた。
「聖域に入ってから、確かにカナリヤの行方が分からなくなった。困っていたところに、この子が飛んできてくれてね。君の居場所の目星がついたから、そこにひたすら魔力をぶつけて隠匿魔法を解除させたんだ」
神殿を崩壊させるほどの大規模攻撃は、隠匿魔法を解除させるために放たれたものだったらしい。
魔物の魔力が制限されるという聖域内で、苦も無くそれほどの攻撃を実行できるサリオン様は、やはり完全に規格外の存在だ。
私は改めて、彼の凄さを実感する。
そして、それと同時に――、
「……良かった。届いていたんですね。私の、魔法」
自分の祈りを、願いを込めた魔法が、彼の元へ届いていたことに安堵した。
それを頼りに助けに来てくれたことが、嬉しかった。
「さて、この男だが……」
会話も一段落ついたところで、マルコスの処分を行おうとサリオン様が顔をあげる。
その時、儀式の間に近づいてくる幾つかの足音が響いた。
また敵が来たのかと、私はサリオン様の腕の中で身を強張らせる。
彼ならばどんな相手にも負けないとは思うが、油断はできない。
サリオン様は静かに、気配の近づいてくる方へ顔を向けている。
そしてすぐに、彼らは儀式の間へと辿り着いてその姿を現した。
「えっ」
私は思わず、声を洩らす。
「メアリー……、と、ロイド様?」
あまりに予想外な人物の登場に、唖然としたまま暫し動けなかった。




