第52話 人質の行方
サリオン様の威圧感にマルコスは暫し固まっていたようだが、やがて引きつった笑みを浮かべた。
「は、はは。こりゃ、傑作だ! 本当に、魔王が来るとは――」
そして素早く、私の首元に剣の刃を当てがった。
「ひっ」
肌に触れる冷たい感触に、私は小さく声を洩らす。
私を人質のようにして、マルコスはサリオン様へ高らかに告げた。
「動くな! お前はこの女を助けに来たんだろう?」
サリオン様はマルコスの行動に視線を更に鋭くしたが、彼の言葉に従い動かない。
「少しでも怪しい動きをしてみろ、こいつを殺してやる!」
サリオン様ならば、マルコスを魔法で圧倒できるだろう。
それでも動かず指示に従っているのは、おそらく私が少しでも傷つくことを避けるためだ。
私たちとサリオン様の距離は、十数メートルほど開いている。
行動を起こした瞬間に刃で斬り付けられれば、間に合わない可能性だってある。
「サリオン様……」
私は居た堪れなくなって、泣き出しそうな声を絞り出す。
助けに来てもらえて嬉しい。
けれど、私のせいでサリオン様に危険が及んでしまうかもしれない。
そのことが今は、何より恐ろしく感じられた。
「大丈夫だ、カナリヤ」
私の不安を察したのか、サリオン様がふっと柔らかな微笑みを浮かべた。
それはまるで場違いな、この場で私にだけ向けられた優しさだった。
「心配しなくていい。僕が、必ず君を助け出す」
「……っ、はいっ」
確信めいたその言葉に、私は思わず頷く。
そんな私たちのやり取りをあざ笑うかのように、マルコスが声をあげた。
「馬鹿め、貴様はここで終わりだ! 衛兵っ。残っている奴ら、集まれ!!」
その言葉に応じて、辺りで様子を伺っていたらしいマルコスの私兵達が集まってくる。
神殿への襲撃で満身創痍な者も多かった。
それでも逃げないのは忠誠心からか、それとも、もはや逃げ場がないからだろうか。
「奥の隠し扉に、魔導砲の試作品がある。全員、持てるだけ手に取って、魔王へ向けろ!」
「……っ、何を!」
マルコスの指示に、私は悲鳴を上げた。
魔導砲――魔物にとって脅威的な力を持つというその武器は、サリオン様に効くのだろうか。
サリオン様は人間だ。しかし、魔物の王たる魔王の魂を持ち、強大な魔力を有している。
もしも魔導砲が、サリオン様にとって致命的な攻撃となるのならば――。
嫌な想像が脳裏に浮かぶ中、長銃のような形態の魔導砲の銃口が、兵士たちによって次々にサリオン様へ向けられていく。
「ふむ。……くだらないことを考える」
サリオン様は顔色一つ変えず、冷めたような眼差しでその光景を眺めていた。
その態度に苛立ったのか、マルコスは激昂する。
「くだらなくなどない! ああ、計画も神殿も滅茶苦茶さ! だが……」
怒りを吐き出した後は、マルコスは壊れたように笑い始めた。
「魔王よ、のこのこと現れた貴様に感謝しなくてはな! 最高の魔導砲の完成など待たずとも、ここで貴様を殺せば、私は英雄だ!!」
「馬鹿なことを。僕はただの人間、北の辺境伯だぞ。僕を殺したとして、殺人罪に問われるだけだ」
「貴様が人間なものか! この神殿の惨状を見ろ! 貴様が存在するだけで、この世界は滅茶苦茶だ!」
「……っ!!」
マルコスの言葉に怒りが抑えきれなかった私は、向けられた刃も気にせず声をあげようとする。
しかし、その瞬間、サリオン様と目が合った。
彼は私にだけ見えるように、くすりと悪戯っぽく笑った。
「――!」
それが、まるで、「大丈夫だよ」というメッセージのようで、私は押し黙る。
サリオン様はマルコスへ向き直ると、再び話し出す。
「僕を殺したとして、カナリヤの無事は保証されるのか?」
「カナリヤ? ああ、この女か。そうだな、賢者の血筋には、まだまだ利用価値がある!」
「利用価値、か」
サリオン様が小さく溜息を吐いた。
話にならないとでも言いたげなその態度に、マルコスが眉を寄せる。
「なんだ、何が言いたい」
「お前は何も分かっていないのだな」
「なんだと!?」
「カナリヤの魅力のことだ」
「魅力? 魔王のお前も、賢者の血に惹かれたんだろう?」
「全然違う。いいか、よく聞け。カナリヤは――可愛いんだ」
「……は?」
あまりに状況と乖離した台詞に、マルコスが硬直した。
きっと、理解が追い付いていないのだ。
そしてそんな彼の元へ、今までサリオン様へ銃口を向けていた私兵の一人が駆け寄る。
「た、大変です、マルコス様! 重大なことに気が付きました!!」
「ああっ? 一体なんだ!?」
「それが、こちらを、こちらをご覧ください!!」
私兵がポケットを探り、何かを取り出す。
差し出された掌の中をよく見ようと、マルコスが意識と視線を向けた、その瞬間だった。
――――バキイッ!!
私兵は長銃の銃身を突き出すように、マルコスのこめかみを殴りつけた。
予想外の不意打ちに、マルコスの身体が吹っ飛ぶ。
彼が手にしていた剣も私と反対側へ弾き飛び、音を立てて床へと転がった。
「がっ、な、なん……!?」
床に倒れ伏したマルコスが状況を理解するよりも早く、刃から私が解放されたのとほぼ同時に、サリオン様が私の身体を抱き上げる。
彼は十数メートルの距離を一瞬で駆けつけてくれた。
「怪我はないかい、カナリヤ」
「は、はい。大丈夫です、サリオン様」
私自身も何が何だか分かっていなかったが、とにかく、サリオン様の元へ戻って来れたことだけは分かった。
――良かった。本当に良かった。
私はサリオン様にぎゅっとしがみ付く。
サリオン様はそんな私の頭を、優しく撫でてくれた。
少し落ち着いて顔をあげれば、マルコスが自分の私兵たちに囲まれて、縛り上げられている。
拘束されたマルコスは、ガタガタ震えながら狂ったようにぶつぶつと呟いている。
「どうして、なにが、どうして、こんなことに、私が、どうして、どうして……」
サリオン様は私を抱き上げたまま、マルコスへ冷ややかな笑みを向けた。
「気づいていなかったのか? お前の招集に応じた時点で、ここに居る兵士は既に全員"死んで"いた。彼らは今や、僕の忠実な"人形"だ」
驚愕の表情で顔を青褪めさせるマルコスに、サリオン様は静かに続ける。
「僕はお前がカナリヤを傷つけないように、ずっと隙を伺っていただけだよ」




