表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/54

第49話 希望の蝶

 私は一人、がらんとした牢屋の中に取り残された。

 夜にまた会いに来ると言われたが、今が何時なのかすら分からない。


 遥か頭上の窓からは薄っすらと光が差し込んでいるが、とても外の様子が確認できる高さではなかった。

 幸か不幸か、四肢を拘束されたりはしていない。

 だが、固く冷たい檻の中で、逃げ出すことはおろか、私にできることなど殆どないように思えた。


「どうして、こんなことに……」


 本当ならば、今日はサリオン様との結婚式の筈だった。

 幸福に包まれて、きっと人生で最高の一日になるのだろうと思っていた。


 けれど私は今、たった一人、牢屋の中で死を待っている。

 しかも実験がもし成功すれば、サリオン様や魔物さん達が危機にさらされるかもしれない。


 絶望に打ちひしがれながら私が服のポケットを探ると、一通の手紙が出てきた。

 私が昨日の夜、自室で見つけたものだ。



 結婚式のサプライズの相談をしたいです。

 陛下に気づかれたくないので、内密にお願いします。

 東塔のアリスティアへ続く扉の向こうで、待っています。


 ――黒曜城一同



 手紙にはこう記してあった。

 私はその内容を、疑うこともしなかった。


 なぜなら、その手紙の"文字"に見覚えがあったからだ。


 だが、きっと何かの間違いが起きてしまったのだ。

 状況から考えればこの手紙は偽物で、呼び出し自体が罠だったのだろう。


 記憶が曖昧だが、確か扉を出て岩陰に辿り着いた瞬間、背後から襲われて私は気を失った。

 それからこの牢で目を覚ますまで、ずっと眠っていたことになる。


「サリオン様」


 サリオン様はどうしているだろうか。

 結婚式を心から待ち望んで、私の為に沢山尽くしてくださっていたのに。


 突然私がいなくなって、心配しているだろうか、困惑しているだろうか。

 ――あまりの私の愚かさに、失望してはいないだろうか。


「会いたい……」


 不安、後悔、申し訳なさ、自分への憤り――様々な想いが胸の内を過るが、最後に残ったのは、ただ彼に会いたいという気持ちだった。


「もう一度、サリオン様に会いたい……」


 彼の顔が見たい。声が聴きたい。繋いだ手の温もりを感じたい。

 どんな言葉でも良い。話がしたい。彼の想いが知りたい。


「黒曜城に、帰りたい……」


 街に出かけた後、「ただいま」と言えるのが嬉しかった。

 サリオン様が、魔物の皆が迎えてくれるのが嬉しかった。

 自分があの場所にいて良いのだと、心からの幸せをかみしめていたのに。


 溢れて止まらない想いに声を震わせていると、ふわりと目の前を何かが飛んでいくのが見えた。


「……?」


 私が思わず顔をあげると、それはポケットに入れていた黒いハンカチだった。

 ハンカチは優雅に私の周りを、ひらひらと舞う。

 まるで刺繍している赤い蝶が、飛んでいるようだった。


「あっ」


 私ははっとして、両手を前に差し出す。

 ハンカチはそれに応じるように、私の手の中に舞い降りた。


「あなた……、私が此処に居ると、サリオン様に知らせてくれる?」


 それは最後の頼みの綱だった。

 私にできる、唯一のことだった。


 サリオン様は、きっと――きっと、私を探してくれていると思う。

 彼の力なら、問題なく見つけて貰えるかもしれない。

 でも、マルコスはこの地域は魔物の力が弱まると言っていたし、隠匿の魔法もかかっていると言っていた。


 ならば、こちらからも居場所を知らせなければ。

 

「黒曜城からどれくらい離れているか分からないけれど、あなたにしか頼めないの」


 ハンカチはゆらゆらと布をはためかせている。

 祈りを込めて、私は懇願する。


「お願い――、飛んで」


 私の言葉に応じるように、黒いハンカチはひらりと舞い上がった。

 真っ直ぐに頭上の小さな窓を目指して、そのまま外へ出て見えなくなっていく。


「ありがとう……」


 私はいつまでも、いつまでも、祈り続けていた。


「サリオン様、どうか」



 ――そして、夜がやってくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ