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第48話 魔物を滅ぼす兵器

 私が目を覚ましたのは、冷たい床の上だった。

 妙に懐かしい感覚だった。


 黒曜城では温かいベッドを与えて貰っている。

 けれど実家では、いつも物置部屋の床で小さくなって眠っていたから。


「……ここは?」


 最初に脳裏を過ったのが、今までの出来事――追放されて、命を落として、サリオン様と出会って、黒曜城に受け入れられて――その全てが夢だったのではないかということ。


 ただ、起き上がって見渡してみると、ここはよく知っている物置部屋ではない。

 周囲は殺風景な石壁で囲まれ、遥か高い場所に格子の嵌った小さな窓が一つだけ。


 振り返ってみると、背面の壁は鉄格子に覆われていてぞくりとした。

 どうやら私は、牢屋に閉じ込められているらしい。


「お目覚めですか。おはようございます、カナリヤ様」


 鉄格子の向こう側に、二つの人影がある。

 その片方に、私は見覚えがあった。


「あ、貴方は……!」


「おや、覚えて頂けていましたか。光栄ですねぇ。ひひっ」


 私が実家を追放されたとき、義妹のメアリーと一緒に私を追って来ていた富商の男だ。

 あのときの恐怖と嫌悪感が蘇り、私は身体を強張らせた。


「そう怯えないでくださいよ。今回貴女に用があるのは、私じゃありませんので」


 下卑た笑みを浮かべつつ富商が、もう一つの人影を指さす。

 それは神官風の衣服を纏った男だった。

 歳は三十代程度に見えたが、白髪で、異様な雰囲気を漂わせている。


「どうも初めまして、賢者様。私はマルコス・リース。世界を救う英雄になる男です」


「け、賢者? なんのことですか」


「御謙遜には及びませんよ。ヴァレンティーヌ家が賢者の血筋であることは、公然の事実!」


「それは、確かにそうですが……。でも、賢者様が御活躍されたのは500年も前の話です。魔法だって母は回復魔法が使えましたが、私は――」


 私はそこで口を噤んだ。

 

 黒曜城で暮らし始めてから、私の魔法の才能も開花している。

 しかし、それを知っている人は殆どいないだろう。

 

 明らかに言動が不穏なマルコスという神官を前に、私は素直に自分の情報を伝えるべきではないと判断する。

 彼の目的が何なのかは分からないが、私の望みは唯一つだ。


「私はどうして、ここにいるんですか? お願いです、ここから解放してください」


「ははっ、賢者様はご実家を追われたと聞いていますよ。ここを出て、今更、何処に行くというのです」


「それは――」


 勿論、黒曜城、サリオン様の所だ。

 あの場所が、彼の隣が、私の帰るべき場所だ。


 だけど言えない。

 賢者の血筋の私を捕えて、世界を救う英雄になると宣言する男の前で、魔王の魂を持ったサリオン様の話題を出すことも憚られた。


 口ごもる私に行く宛がないのだと解釈したマルコスは、勝ち誇ったように目を細めた。


「ご安心ください。この私が、賢者様に最高の役目を与えて差し上げましょう!」

 

「や、役目……ですか?」


「ここは聖域にある、古い神殿なのですよ。私はこの地で密かに、研究を続けていました」


「研究?」


「瘴気を、魔物を消滅させる研究ですよ!」


「……っ!」


 高らかに声を張るマルコスに、私は息を飲んだ。

 そんなことが実現可能なのかは分からない。

 ただ、間違いなくそれは――サリオン様や魔物さん達にとって、害となるものだ。


「人間は長年、瘴気に苦しめられてきました。魔物との戦争に勝利したにもかかわらず、です。政府は中途半端な平和に気を緩ませ、瘴気への対策も魔石での処置なんて生温いことをして……! そうこうしている内に、北の地に魔王が復活したと言うではないですか」


 マルコスは一瞬で表情を笑みから憤怒の形相へ変化させ、長い爪で壁をひっかいた。

 怒りに震える指先から、血が滲む。


「私は提案した! 瘴気の森を焼き払うことを! 魔物を皆殺しにすることを! しかし国は魔王と魔物の反逆を怖れて、聞く耳を持たなかった。だから私は国を捨て、自分だけの力で何とかすることにしたんだ!」


「そんな」


 私は絶句した。マルコスは気にせず続ける。


「魔物の力は、人間と比べて確かに強大です。だが、我々人間は500年前に確かに勝利した。何故だと思いますか?」


「分かりません。歴史書には、勇者様の御力が魔王を討ち滅ぼしたとしか……」


「そう、勿論、勇者様のおかげもあるでしょう。しかし、そこにはかつて人間が開発した強力な兵器の存在があったのです。そして私は、その失われた技術を突き止め、再現することに成功しました!」


「強力な兵器?」


「――魔導砲!」


 悠然と叫んだマルコスは、狂気的な笑みを浮かべていた。


「人間の魂を分解して充填することで、魔物へ強力な攻撃が出来るようになる武器です」


「魂を分解!? 自分で何を言っているのか、分かっているのですか?」


「勿論ですとも! 更にその魂の質により、威力が変化することも"実験"の結果分かりました」


「実験って、貴方、まさか……」


「色々と調べました。充填する魂の性別、年齢、魔力の有無。その中で最も重要だったのが血筋――特に、賢者の血を引いていることです」


「ひっ」


 おそらく実験対象となった人たちは、みんな既にこの世にはいない。

 それを悪びれも無く、むしろ功績のように語るマルコスに、私は理解できない気持ち悪さを感じた。

 

「そしてね、賢者様。実はこの魔導砲、血が濃ければ濃い程、強力な性能になると分かったんですよ」


 もう話を聞き続けるのも辛かったが、マルコスの言葉は止まらない。

 しかも、彼がこれから言うであろう言葉の予想がついて――私は凍り付いた。


「つまり、貴女様の魂を捧げれば、魔物を完全に駆逐するのも夢ではない!」


 

 ――要するに彼は、私を殺して、魔物を滅ぼす兵器を作ろうとしているのだ。


 冗談じゃない!



「馬鹿なことを言わないでください。私は、協力する気はありません!」


「貴女に選ぶ権利はありませんよ、賢者様」


 必死に抵抗の声をあげる私を、マルコスが嘲笑う。


「ここは聖域である上、隠匿の魔法で神殿全体を隠してあります。確かに私の行為は今の法律に従えば犯罪ですが、結果を出せば、逆に英雄として認められるでしょう! そもそも――」


 マルコスが、自分の隣にいる富商を一瞥する。


「追放された賢者様を助けに来る者など、いるはずもないと伺っておりますが。ならば貴女も潔く、研究に協力して、死後に名誉を回復される道を選んではいかがですか?」


「ひひっ、その通りですよ。すみませんね、カナリヤ様。実は追放騒動の後、貴女を探していると、マルコス様からご依頼がありまして――ほら、報酬が良かったものですから」


 富商はニヤニヤ笑いながらそう話した。

 どういった経緯で私の居場所がばれたのかは分からないが――ともあれ、マルコスと富商が組んで私を計画的に捕らえたのだという事実に絶望する。


「では、私は儀式の準備がありますので。また、夜にお会いしましょう!」


 それはつまり、私の魂を分解するという儀式のことだろうか。

 何も言えないでいる私を置いて、マルコスと富商は振り返りもせずに部屋を出て扉を閉めた。

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