第47話 カナリヤの行方(★サリオン視点)
ヴァルクの声を聞いて、僕は急いで街の近くの岩陰へと続く扉をくぐる。
その先には明らかに芝が踏み荒らされた跡があり、見覚えのあるイヤリングが一つ落ちていた。
「これは、カナリヤの……」
張りつめていた気持ちの糸が、そこでふつりと切れた気がした。
――カナリヤに何かあったんだ。
その瞬間、冷たくどす黒いものが身を浸して侵食してくる感覚に襲われた。
以前、カナリヤの過去を彼女から聞いた時と同じだ。
辺りに突風が吹き荒れ、木々が何本か折れたらしかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
カナリヤを、カナリヤを早く探さなくては。
ゆっくりと歩き出そうとした僕のズボンの裾が引っ張られる。
見下ろせば、灰色猫のミュラが爪をかけて必死に僕を引き留めていた。
「陛下っ、待ってってば、陛下!」
「待たない。カナリヤが危険な目に遭っているのは明らかだ。助けに行く」
「助けに行くって言っても、場所が分かんないでしょう!」
「でも――、助けに行くんだ! 人間の街を全部更地に変えてでも!!」
「ああもうっ。そんなこと、カナリヤはきっと望まないよ。時間もかかるし!」
カナリヤは望まない――とミュラに言われて、僕は戸惑った。
確かにそうだ。そうかもしれない。
だけど、だけど、
「だったら、どうしろって言うんだ。僕にはそれ位しかできない!」
「だから、ボクがいるんでしょうが!」
「……っ?」
意味が分からず顔を顰める僕へ、ミュラは誇らしげに尻尾を揺らして見せた。
「元魔王軍幹部の実力を、とくとご覧あれ――にゃっ!」
ミュラの下に魔方陣が現れて、彼が紫色の光に包まれていく。
そして何やらぶつぶつと交信を始めたようだった。
『――――――、――――、――――――――、』
実は黒曜城にいる言葉を話す魔物たちの多くは、かつての魔王軍幹部らしい。
彼らは今でも自分と同系統の低級の魔物をとりまとめ、指揮する力を持っている。
もっとも僕が生まれてから世界は平和で、その力が発揮される機会なんて碌になかったのだが。
ノクスが城内の警備担当なら、ミュラは城外の情報収集担当だ。
ミュラは外の世界の無数の小動物系の魔物たちと交信できる。
こうして彼の"目"は世界のあらゆる場所へ向けられ、必要な情報を集めることが出来るのだ。
ミュラの能力自体は知っていたが、その実力まで僕は正確に把握していなかった。
だから今回も、彼に頼るという選択肢が思いつかなかったのだ。
しかし今となっては頼みの綱だ。息を飲んで、ミュラを見守る。
『――――、――、――――――っ、』
流石に捜索範囲が広すぎるのか、ミュラは次第に苦悶の表情を浮かべ始めた。
「頼むっ、ミュラ、頑張れ……!」
僕が祈るように叫ぶと、ほぼ無意識に僕の魔力がミュラへと注ぎ込まれた。
ミュラは「ギャッ」と潰れたような声を零して、全身の灰色の毛を逆立たせた。
彼を包んでいた紫色の光が、どす黒く染まって何倍にも広がっていく。
ミュラは目を大きく見開いたままそのまま暫し交信を続けて、やがてぱったりとその場に倒れた。
「ミュラ、だ、大丈夫か!?」
僕のせいだろうか。
狼狽えながら駆け寄って膝を付くと、ぐったりしながらもミュラは口を開く。
「へっ、陛下……、いた。見つかった。東の、聖なる森の方」
「聖域の方に?」
瘴気の森に対なすように、東の地には聖なる森が広がっている地域がある。
そこは魔物の力が極端に弱められるという。
僕は実際に行ったことは無いので、その存在は噂でしか知らない。
魔物がいないなら人間にとっては住みやすそうなものだが、その森を覆う木々はあまりに強靭で地形も険しく、街にするには適さない場所らしい。
「正確な場所は分からないけど、聖域の近くまで、カナリヤが連れて行かれるのを確認できてる」
「カナリヤが連れて行かれた!? 誰にだっ、犯人は分かるのか?」
「わ、分からない、けど、7人か8人くらいの兵士が、気絶したカナリヤを抱えて運んでるっぽい」
その言葉を聞いた瞬間、僕は黒銀の竜――アウロスを呼び出した。
いつの間にか他の魔物たちも全員、僕とミュラの周りに集まってきている。
ここまでのやりとりを見て、説明し直さなくても状況は理解しているだろう。
「すぐに東の聖域に飛ぶ! ミュラ、案内を頼めるか?」
「勿論ですにゃ、陛下」
「向こうの状況が分からない。ヴァルク、お前も来てくれ。後の者は城で待機。良いな?」
「分かりました。お供します」
僕はヴァルクとミュラと共にアウロスの背に飛び乗る。
「陛下、どうかお気を付けて」
「カナリヤ様を、連れ帰ってください!」
見送る魔物たちへ深く頷くと、黒銀の竜は地を蹴って一気に空高く舞い上がる。
――カナリヤ、無事でいてくれ。
僕は祈りを込めて願いながら、裂くように空を駆けて行った。




