第43話 結婚式も突然に
「結婚式です!」
「おめでたいです!」
「みんなでパーティーです!」
黒曜城の大広間を、ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんがうきうきとした様子で飾り付けていく。
(あ、あっと言う間に、結婚式が決まってしまった……)
私はその様子を呆然と見つめていた。
◇ ◇ ◇
リュミエさんが厨房でした「サリオン様の誕生日のついでに結婚式を」という提案は、すぐにババさんに同意された。
「そりゃあ良いね。結婚式で一つけじめでもつければ、陛下の気も引き締まるかもしれないよ!」
快活に笑うババさんに、私は慌てて声をかける。
「いえ、あの、1週間後ですよね。急すぎませんか。準備とか――」
「何を言っているんだい! 私たちを舐めちゃいけないよ。それだけあれば十分、上等な式を開いてやれるさ」
「ああ、その、黒曜城の皆さんのお力を、疑っている訳ではなく」
「もともと陛下のお誕生日会の予定はありましたからね。そこに段取りを追加して……客人は呼べませんので、身内だけの式にはなってしましますが」
リュミエさんは穏やかな笑顔で、着実に計画を進めていく。
私は狼狽えた。
――決して結婚式が嫌なわけではない。それどころか、憧れだってある。
だが、あまりに突然だった。
準備というなら、私の心の準備がおそらく一番できていない。
私は必死に頭を回転させて、ようやう思いついたことを口にしてみた。
「ええと、あっ、サリオン様の、御意思は――!」
私の言葉を聞いて、リュミエさんがきょとんとした顔をする。
それから、ゆっくりと首を傾けた。
「カナリヤ様。陛下が、結婚式を嫌がると思いますか?」
「……思いません」
「ですよね!」
リュミエさんの笑顔が輝いている。
私は完全に墓穴を掘った形となり、軽く頭を抱えた。
そんな私の様子に気が付いたのか、リュミエさんは心配そうに見つめてくる。
「もしかして、気が進みませんか?」
「いえ、そんな、まさか。ただ、その」
そうして、少し冷静になって考えてみた。
私はどうして、折角開いてくれる結婚式を素直に喜べないのだろう。
――不安に感じてしまうのだろう。
「過分な幸せで、私には勿体なく感じてしまって」
私の返事を聞いたリュミエさんとババさんが顔を見合わせる。
次の瞬間、ババさんが声を張り上げた。
「ルージュ、ブルー、ジョーヌ、こっちへ来な。特別な任務だよ!」
すぐに集まってきた三羽のカラスへ、ババさんは不敵な笑顔を見せた。
「最高の結婚式を開くんだ!」
◇ ◇ ◇
――こうしてババさんからの指令を受けた三人は、メイドさん姿になって結婚式の準備に勤しんでいる。
結婚式は、中央塔の二階にある大広間で行われるらしい。
彼女たちに引っ張られるように私も連れて行かれて、飾りつけについて意見を聞かれている。
「カナリヤ様、お花の位置はここで良いですか?」
「あ、はい。とても素敵だと思います」
「カナリヤ様、垂れ幕の色はどれがお好みですか?」
「どれも綺麗ですが、やはり紫が美しいですね」
「カナリヤ様、絨毯のサンプルを持ってきました」
「こんなに沢山あるんですか!?」
私もせめて何か手伝おうとするのだが、三人のやる気が凄まじく、殆ど出番がない。
仕方なくひっそりと、彼女たちの問いかけに応える合間に、床の掃き掃除をおこなっていた。
床を箒で掃いていると、その箒が作っていた影がゆっくりと大きくなっていく。
私が驚いて目を見張っていると、その影の中からゆらりと人影が立ち上がった。
ノクスさんだ。
「……カナリヤ殿」
「わわっ、ノクスさん。ごめんなさい、お城を騒がしくしてしまいまして……」
彼は食事を皆で見守ってくれる時と、ミュラさんと戯れている時以外、滅多に姿を現さない。
そんなノクスさんが、自分から急に声を掛けてくれたのだ。
私は気分を害してしまったのではないかと不安になり、反射的に謝ってしまった。
しかし彼は気にする素振りも無く、ぬっと私に真っ黒な両腕を付きだしてきた。
その手には、深紅のリボンと、青色のリボンが握られている。
「広間の扉を飾るリボン……どちらの色が良いだろうか」
思ってもいなかった問いかけに、唖然とする。
少ししてからハッとすると、私は慌てて返事をした。
「どちらも可愛いですが、今飾ってあるお花に合うのは、深紅の方でしょうか」
「御意」
それだけ答えると、ノクスさんは影の中に溶けるように消えて行ってしまった。
ただ、その声色はどこか明るい気がした。
――もしかして、ノクスさんも結婚式の準備を楽しんでくれているのかな。
私は改めて、準備が進められていく大広間を見やる。
ルージュさん、ブルーさん、ジョーヌさんは笑顔で飾りつけを続けている。
結婚式を提案したリュミエさんや、同意したババさんも嬉しそうな顔をしていた。
(この結婚式を、みんな喜んでくれているんだ)
じわじわとそのことを実感して、私は胸がいっぱいになった。
幸せが勿体ないだなんて、言っている場合ではないのかもしれない。
黒曜城の皆さんが笑顔になってくれるだけでも、結婚式の意味は十分にあるような気がした。
「カナリヤー!!」
考え事をしていた私のことを呼ぶ、大好きな声が近づいてくる。
扉を押し開けて大広間に入ってきたのと同時に、サリオン様は私のことを強く抱きしめた。
「聞いたよ、結婚式をするって。夢みたいだ!」
紫色の瞳を細めるサリオン様の表情は、無邪気なのに熱を帯びていて、ドキドキしてしまう。
「はっ、はい。私も……幸せです」
今度こそ、何の憂いも無く、その言葉を告げることが出来た。
私の表情も自然と緩んで、気づけば満面の笑みを浮かべていた。
「白いドレスを着た君は、きっと世界中の何より美しいのだろうね」
「ふふふっ。サリオン様がそう仰ってくださるだけで、私、綺麗になれる気がします」
彼の指先が、私の右頬に優しく触れる。
コンプレックスである大きな火傷の跡でさえ、彼のおかげで受け入れていける気がした。
「結婚式ではダンスを踊ろうよ。カナリヤは、経験は?」
「ダンスですか? お恥ずかしながら、社交の場には出ていなかったので、全く……」
「それなら僕と練習しよう! その分、君と長く一緒にいられる。ダンスの練習が口実なら、リュミエもヴァルクも文句を言わないだろう?」
サリオン様が、悪戯っぽくくすりと笑う。
私は頬を朱色に染めながら、その笑みに静かに微笑み返した。




