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第42話 アップルパイを作りましょう

 私とヴァルクさんが黒曜城への扉を開けると、すぐにサリオン様に抱きしめられた。

 外出する日はいつも、彼はこうして帰りを待ち侘びてくれている。

 

「ただいま戻りました」


「おかえり、カナリヤ、ヴァルク!」


「サリオン様、お土産です」


 リンゴが入った籠を私が手渡すと、サリオン様は目を輝かせた。


「綺麗な色だな。香りも良い」


「はい。露店で、三つ買ったら一つおまけで貰って」


「そうか、素晴らしい! 僕のお嫁さんは買い物上手だな」


「ふふ、ありがとうございます」


 にこにこと会話を交わす私たちを見やりながら、ヴァルクさんが小さく咳払いをした。


「あー、陛下。お仕事は終わられたのですか?」


「勿論だとも。ミュラにも手伝って貰ったしな」


「何っ、ミュラに!?」


 ヴァルクさんの驚きの声に応じるように、ひょっこりと灰色の猫――ミュラさんが廊下の奥からやって来た。


「んもう、ヴァルクの声は相変わらず五月蝿いにゃぁ。お帰り、カナリヤ」


「ただいまです、ミュラさん」


「お出かけ大丈夫だった? どう、ヴァルクに虐められてない?」


 灰色の尻尾を揺らしながらくすくす笑うミュラさんの言葉を、私は慌てて否定する。


「えっ!? いじめられたなんて、とんでもない。とても親切にしていただきましたよ」


「へえ、本当? それなら良いけど。ヴァルクは堅物だしにゃあ」


「なんだと! そもそも、ミュラ。お前はきちんと陛下のお仕事を手伝えたのか?」


「できるさ。今日は僕と君で、役割交代だったんだろ? ちゃんと魔石の管理をしてきたよ」


「ヴァルクのように細かくないから楽だったな!」


 快活に笑うサリオン様に、ヴァルクさんの表情が険しくなった。


「――私は最低限のことしかお伝えしておりません。いつも申していますが、瘴気を吸った魔石は危険で、厳密に分類が必要で」


「だが、西塔で問題が起こったことなど無いではないか」


「それはこれまでの管理と、陛下の魔力のおかげです。とにかく、もう一度やり直しますよ。来てください!」


「ええっ!? 僕はこれから、カナリヤとお茶をしたいんだが」


「にゃはは、陛下、お疲れ様だねぇ。ボクが代わりにお茶しておいてあげるよ」


「ミュラ、お前も一緒に来るに決まっているだろう」


「にゃにゃっ! 何でボクまで!」


 ヴァルクさんは、右手にサリオン様、左手にミュラさんを軽々と抱えて、ずんずんと西塔の方へ歩き出す。


「あっ、ええと……」


 私は一連の流れを、呆然と見守ることしかできなかった。 

 ただ、しょんぼりと連れて行かれるサリオン様を、せめて慰めようと声をかける。


「お仕事、頑張ってくださいね! このリンゴで、アップルパイを作っておきますから」


 ちなみにリンゴの入った籠は、サリオン様がヴァルクさんに捕まるときに私に返されていた。


「ううっ、分かったぁ!!」


 サリオン様の返事が廊下に響き渡る。

 私は西塔へ消えていく三人の方へ向かって、改めて頭を下げた。


「ヴァルクさんも、今日は本当にありがとうございました――!」


 ヴァルクさんの視線が、少しだけこちらを向いた気がした。


◇ ◇ ◇


 私はお土産のリンゴを持って厨房へと向かった。

 ババさんに手伝って貰いながら、宣言通りにアップルパイを作り始める。

 

 サリオン様はリンゴが好物ということもあり、彼の為にアップルパイを焼くのももう4回目だ。

 我ながら、随分と上達してきたと思う。


 パイ生地をこねて、リンゴを煮詰めて、手際よく調理を進めていく。

 リンゴを敷き詰めたパイの上に編むようにパイ生地を重ねて、後は焼くだけだ。


 私は準備を終えたアップルパイを、崩れないようにそっと竈におさめた。


「良い匂いです。焼き上がりが楽しみですね」


 火の加減は厨房と竈の主であるババさんに任せつつ、私は室内に漂う甘い香りに目を細める。

 調理場の片づけを手伝いながら、私はアップルパイの焼き上がりを心待ちにしていた。


 そんな私に、窯から顔を覗かせたババさんが柔らかな眼差しを向けてくれる。


「カナリヤは覚えが良いね。それに器用だよ。パイの飾り付けなんて、私より上手いじゃないか」


「本当ですか? 嬉しいです。ババさんが、しっかり教えてくれたおかげです」


「これなら来週の陛下の誕生日ケーキも、カナリヤに頼んでも良いかもしれないね」


「……へっ?」


 ババさんの突然の言葉に私は硬直する。

 そして一拍の間をおいて、驚きのままに声をあげた。


「サリオン様、来週がお誕生日なんですか!?」


「おや、陛下は伝えていなかったのかい?」


「き、聞いていません」


 ババさんは私が当然知っているものだと思っていたらしく、驚く私の様子に片眉をあげた。

 それから、呆れたように溜息を吐く。


「まったく陛下は……。大方、カナリヤとの生活が楽しすぎて、ご自分の誕生日なんて忘れてしまっていたんだろうねぇ」


 ババさんの推測に、そんなことあるだろうかと考える。

 ――サリオン様ならありそうだな、と思ってしまった自分がいた。


 そして私は、重大な問題に気が付いた。


「ババさん、どうしましょう。私、プレゼントを、何も準備していません!」


「お前さんはお前さんで、気にするのはそこなのかい。そうだねぇ、それなら――」


 ババさんが何か言いかけたとき、リュミエさんが厨房にやって来た。

 

「丁度通りかかったのですが、楽しそうなお話をされていますね」


 くすくすと上品に笑うリュミエさんを、ババさんはじとりと見やる。


「リュミエや、陛下は大丈夫なのかい? ヴァルクほど小難しく言う心算は無いが、あのお方はその場の勢いに流されることがある。ちゃんと見ておやりよ」


「分かっておりますよ。でも、私は今の陛下の変化を、好意的に思っています」


 リュミエさんの言葉にババさんは目を瞬かせて、それからくしゃりと笑った。


「そうさね。それはそうだ。陛下が幸せであるのが、私らにとっちゃ一番さ」


 そんな二人のやりとりを眺めながら、私はとても温かい気持ちになった。

 こんな優しい空間に自分が一緒にいられることが、誇らしかった。


「そうそう、それで、少し思ったのです。1週間後は陛下のお誕生日ですが、丁度、お祝い事ですし」


 再び口を開いたリュミエさんが、にっこりと笑って私を見つめた。


 

「一緒に、結婚式もしてはいかがでしょう?」


「ええっ!?」



 突然の提案に、私は思わず叫んでしまった。

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