第41話 ヴァルクさんとお買い物
黒曜城の東塔一階にある小さな扉は、アリスティアの街近くの岩陰へと繋がっている。
どうやら前に見た魔導ポータルを応用した術がかけてあるらしい。
これはある日、サリオン様が私にプレゼントしてくれたものだ。
「ときどきは君も外の空気を吸いたいだろう」と、気を遣ってくださってのことだった。
転移魔法は希少で魔力も大量に使用する高度なものだけど、サリオン様には特に苦も無く扱えるようだ。
私は喜んでサリオン様をお出かけに誘ったが、彼は生者に触れると相手を殺めてしまう体質から、不要な外出は控えているらしい。
代わりに毎回、ミュラさんが私の外出に付き添ってくれる。
ミュラさんは黒曜城の中でも情報収集担当で、他の魔物さんたちより人間の街に慣れているのだ。
そして私は、街でサリオン様の好きそうなものを探して回るのが楽しみの一つになった。
彼は私の持ち帰るお土産を、いつも嬉しそうに受け取ってくれた。
お出かけは大体週に1回くらいで、1時間程度だ。
外出予定だったこの日も私は支度を済ませて、街へ続く扉へと向かう。
そこで待っていた人物が予想外で、私は驚いてしまった。
「今日はヴァルクさんが付いて来てくださるんですか?」
待っていたのはいつもの灰色コート姿のミュラさんではなく、シャツの上にチョッキを着こんだ人間姿のヴァルクさんだった。
本来のゴーレム時の体格の良さを反映しているのか、人間時の彼の体躯も筋骨隆々で、背丈は見上げる程に大きい。
「事情があって、私が付き添うことになった。……不都合なら予定を変えても構わん」
どこか固い表情で告げるヴァルクさんは、なかなか迫力がある。
私は反射的に身を強張らせたが、慌てて首を横に振った。
「いえいえ、とんでもないです。ご一緒出来て、嬉しいです」
私は心からの言葉を口にして、微笑む。
黒曜城に来てある程度の時間が経過したが、ヴァルクさんとは関わる機会が少なかった。
彼は城の防衛任務などを一手に担い、日々の鍛錬もあり、とても忙しそうだったのだ。
――それに、何となくだが、私が彼から手放しに歓迎されていないのは分かる。
でも、それはサリオン様を大切に思う故だと感じていた。
そして思うところがありそうにも関わらず、私を城の一員として接してくれていることに感謝していた。
この機会に、少しでもヴァルクさんとも距離が縮まると良い。
私は密かにそんなことを願っていた。
◇ ◇ ◇
アリスティアの街に到着した私とヴァルクさんは、連れ立って大通りを歩く。
「ヴァルクさんは、人間の街に来ることはあるんですか?」
「殆どない。陛下の付き添いで王都に行くくらいだ」
「気になるお店はありますか」
「いや、私は付き添いだ。気遣いは無用」
「ミュラさんはよく雑貨屋さんに立ち寄っていますが」
「全く、不真面目な奴め」
「ですが、皆さんの好きなものを知れるのは、私は楽しいですよ」
「……私は鍛錬が好きなだけだ」
私は何とか会話を続けようと試みたが、なかなか上手くいかない。
ヴァルクさんが恋愛小説が好きらしいという噂は聞いていたが、流石に今、このタイミングでそれを話題に出すのも憚られる。
ただ、鍛錬と聞いて、私の頭に一つ浮かんだことがあった。
「鍛錬と言えば、ジョーヌさんはヴァルクさんをとても尊敬していますね」
「む、ジョーヌがか?」
ジョーヌさんの名前を出した途端、ヴァルクさんの表情が少しだけ和らいだ気がした。
「はい。槍の使い方を教えて貰っていると。とても丁寧に、根気強く教えてくれるのだと」
「そ、それは、ジョーヌが根性があるから、教え甲斐があるだけだ」
ヴァルクさんは照れ隠しするように少し顔をそらしつつ、それでも何処か嬉しそうだった。
その後、少し間を開けて、半ば独り言のように続ける。
「最近は戦う気概のない者ばかりで困る。我々は500年耐えたのだ。折角、陛下が再びこの世界に誕生された好機だというのに――」
私は返答に困って、黙り込んでしまった。
500年。私には想像もつかない途方もなく長い時間だ。
ずっと忍んできたというヴァルクさんの、魔物さん達の想いを、分かったような気になるのも失礼な気がした。
そんな私の様子に気付いたのか、ヴァルクさんがハッとして言葉を続ける。
「まあ、リュミエからは、私の頭は固すぎるとよく言われるが」
「いえ、きっと、正解は無いことのように思えます……」
私は何とか自分の考えを、口にする。
「私は戦いは怖いです。でも、戦わなくてはいけないときがあることも、分かります」
それでも、出来れば誰も戦いで傷ついて欲しくはないと思う。
サリオン様にも、黒曜城の皆さんにも、勿論、ヴァルクさんにも。
「ごめんなさい、何も知らないのに、私……」
俯く私を見て、ヴァルクさんは困ったように頭をかいた。
「気にしなくて良い。それより、陛下への土産を探さなくていいのか?」
「あっ、そうでした」
「陛下はいつも土産を心待ちにしている。貴女が来てから陛下に笑顔が増えたことは……感謝している」
「……!」
それは、ヴァルクさんからの最大限の賛辞のようにも感じられた。
私は完全には疎まれていないのだと、少し胸が温かくなる。
「ありがとうございます。私、少しお店を見てきますね」
「ああ」
私は果物売りの露店を訪れて、艶やかな赤いリンゴを買った。
サリオン様の好物だ。
何個か購入して満足すると、私はヴァルクさんの元へ戻る。
彼は通りの向こうを、まるで何かを見失ったかのようにじっと凝視していた。
眉間に、普段はない皺が寄っている。
「ヴァルクさん? 何かありましたか?」
私が不思議そうに声をかけると、彼はゆっくりと此方へ視線を向けた。
「いや、なんでもない。そろそろ時間だ。戻ろう」
「はいっ、分かりました」
私は頷くと、荷物を抱えて歩き出す。
一瞬感じたヴァルクさんへの違和感は、すぐに忘れてしまっていた。




