第40話 私の魔法
サリオン様との2回目のデートから、1か月ほどが経過していた。
私は黒曜城の中庭で、彼と一緒に魔法の練習をしている。
「ほら、おいで。こっちこっち」
私が呼ぶと、黒いハンカチはふわふわ浮かんでサリオン様の手元から飛び立つ。
そしてゆっくりと、私の手の中へと収まった。
「なかなか長い距離が移動できるようになったな。偉いぞ」
サリオン様が褒めると、ハンカチは照れたように布地をひらりと揺らす。
「……まさか、私にも魔法が使えるとは思いませんでした」
私は表情を綻ばせながら、感慨深げに呟いた。
手元にある黒いハンカチには、赤い糸で蝶の刺繍を施してある。
◇ ◇ ◇
1か月前、サリオン様に贈ったハンカチが突然動き出した時には、二人でとても驚いたものだ。
私たちは、慌てて黒曜城の皆さんに相談してみた。
するとリュミエさんが「カナリヤ様の魔法ではありませんか?」と言い出したのだ。
私は驚いた。
日常的に魔法を使用している魔物さん達と違って、魔法を使える人間は希少だ。
――私のお母様は、確かに癒しと加護の魔法を使うことが出来た。
その優しい光に私はいつも憧れていたけれど、私自身がその魔法を引き継ぐことは無かったのだ。
そして日々の苦しい生活の中で、そんな憧れの気持ちも忘れてしまっていた。
「カナリヤ様のお心が安らぎ、またサリオン様の魔力に触れることで、本来持っていた魔法の力が開花したのかもしれませんね」
リュミエさんはそう推察しながら、柔らかな微笑みを向けてくれた。
私はこの魔法が、サリオン様と黒曜城の皆さんから頂いた贈り物のような気がして、なんだかとても温かく誇らしかったのだ。
「私、この魔法をもっと練習したいです。もしかしたら、皆さんのお役に立てるかもしれませんし」
「よし、それなら僕と練習しよう!」
「応援していますよ、カナリヤ様、陛下」
こうしてサリオン様のお仕事の合間に、私は魔法を練習した。
色々と試してみてわかったのだが、私はどうやら、物に命を吹き込むことが出来るらしい。
とはいえ、そんなに簡単には成功しない。
物に強く思いを込めなくてはいけないのだが、それがとても難しいのだ。
けれど、一つだけ今できる解決策があった。刺繍だ。
私はいつも、刺繍をするときに思いを込める――それがどうやら、魔法発現の切っ掛けになるようだ。
だから何枚かのハンカチに刺繍を施して、それを動かす練習をした。
このハンカチたちは、決して思い通りに動いてはくれない。
ただ、お願いをすれば、無理なことでなければ聞いてくれる。
まるで、意志を持っているかのようだった。
◇ ◇ ◇
「この子たちがもっと自由に動けるようになれば、高い所のお掃除も簡単ですね」
「ははっ、それは助かるな」
「でも、サリオン様は本当に凄いです。あんなに沢山のお人形を、ずっと動かし続けていて」
「そうだな、僕は確かに凄い! だが、カナリヤの魔法の上達も目覚ましい。流石は僕のお嫁さんだ」
「ふふ、そうですか? 嬉しいです。サリオン様が、沢山練習に付き合ってくださったおかげです」
「当たり前じゃないか。カナリヤとずっと一緒にいられて、僕は幸せだ」
「ありがとうございます。……私も、幸せです」
――城の中庭で身を寄せ合って語らう二人を、リュミエとヴァルクが遠くから見守っている。
「仲睦まじいわね。陛下も、カナリヤ様が来てからすっかりご機嫌で」
「そのおかげで、公務が疎かになっているのではないか?」
「あらあら、陛下がお仕事から逃げたがるのは前からじゃない」
くすくすと笑うリュミエへ、ヴァルクは不服そうに顔を向ける。
「リュミエ、お前は勿体ないと思わないのか? 1ヶ月前に瘴気の森で起きた大嵐、あれは間違いなく陛下の御力」
「ええ、そうね。500年前の片鱗を思わせる御力だった」
「今の平和に堕落しきった人間など、陛下なら容易く滅ぼせるはずだ。そうすれば、こんな辺境の地に追いやられずとも――!」
「ヴァルク」
無意識なのか次第に声のトーンが強くなるヴァルクを、リュミエが窘めた。
「それは陛下のお望みではないわ。少なくとも、今は」
「……やはり、納得いかん」
「ヴァルク、貴方が魔王様に恩義を感じているのは知っているわ。でも、500年前の魔王様と、今の陛下――サリオン様は、別人なのよ」
「それは理解している。だが、同じ魂を持っていらっしゃるのも事実だ」
頑なな様子のヴァルクに、リュミエは小さく息を吐く。
そして暫くの間を置いてから、ひとつ提案を始めた。
「ねえ、貴方、カナリヤ様と街に行ってらっしゃいな」
「はっ?」
「知っているでしょう。最近、カナリヤ様がアリスティアの街へ出かけるようになったこと」
「それは聞いているが……」
「カナリヤ様には城から一人、護衛を付けているの。いつもはミュラが行ってくれるんだけど」
「ならば、そのままミュラに行かせれば良いだろう。どうして私が!?」
「貴方にも良い経験になるかもしれないわよ。歩み寄りも、必要だわ」
「必要ない、そんな」
「これも陛下の為の重要な任務よ。貴方、陛下のお役に立ちたくないの?」
「ぐうっ……!」
言い返せなくなったヴァルクに、「さっそく準備するわね」とリュミエが楽しそうに笑う。
そして数日後、この街への外出は実現することとなる。




