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第38話 メアリーの憂鬱(前)(★メアリー視点)

 北のアリスティアの街は、王都と比べると地味で退屈だ。

 露店も大して出ていないし、大通りに並ぶのも安っぽい店ばかり。


 それでも久しぶりにロイドとデートできると思ったから、同行したのに。


「もう、ロイドはどこに行ったのよ!」


◇ ◇ ◇


 ヴァレンティーヌ家をロイドが久しぶりに訪ねてきたのは、1か月ほど前のことだった。

 

 今までは事前に連絡があったのに、突然のことで驚いてしまったの。

 私は慌てて一番良いドレスを着て、お化粧を直して、彼の元に駆けつけたわ。


「ロイド、待っていたわ! お土産はどこ? 私、話したいことが沢山あるの――」


「やあ、メアリー。久しぶりだね」


 でも、ロイドはそっけなく挨拶をしたかと思うと、お父様と一緒に応接間に行ってしまった。


 ――久しぶりに見るロイドは、やっぱり格好良い勇者様だったけれど。

 急ぎの用事があったのかしら。

 最近、私の所にこなかったのもそれが原因?

 

 そうだとしても、なんだかモヤモヤするわ。

 もっと私を大事にしてくれたって良いじゃない!


 私はすっかり嫌な気分になって、自分の部屋に戻ってベッドに寝転んでいたの。

 

 それからどれくらい経ったかしら。

 うとうとしていると、扉をノックする音が響いたわ。


「メアリー、いるかい?」


「ろっ、ロイド!?」


 私は驚き過ぎて、ベッドから転がり落ちそうになった。

 それでも何とか取り繕って、扉の向こうへ声を返したの。


「あら、いるわよ。何かしら」


「さっきはすまなかったね。話があるんだ。どうか君の可愛い顔を見せてくれないかい?」


 ロイドの言葉に、一瞬で私の機嫌は上向いた。

 まあ、可愛いだなんて、本当のことだけど。

 そこまでいうなら、無礼だったそっけない態度も、許してあげてもいいわよ?


 私は身なりを整え直して、ゆっくりと扉を開けた。


「ごきげんよう、ロイド」


「ああ、メアリー。相変わらず君は、花のように美しい」


「うふふ、そうね、そうでしょう?」


「最近、仕事が忙しくてね。君の所へ来れなくてすまなかったよ。さっきも君の御父上と急ぎの話が合って……」


 そう言いながら、ロイドは困ったような甘い笑みを浮かべて、私の手を取る。


「君は特別だから、つい、僕も甘えてしまうんだ」


 私は一気に有頂天になった。

 ――そうだったのね。私が特別だから、彼ってば甘えていたのね!


「もう……、仕方がないわね、許してあげる」


 私はにっこりと、とびきりの笑顔でロイドに応えてあげたわ。

 彼は私に夢中なのだから、これはご褒美よね。


「ありがとう。それで、埋め合わせではないんだけど、君を旅行に誘いたいんだ」


「えっ、旅行!」


 私は声を弾ませた。

 

 ヴァレンティーヌ家に来てから、今まで毎年旅行にいっていたのに。

 お父様から今年は諦めるよう言われていたのだ。

 財政が苦しいとか、外聞が悪いとか、理由はいろいろ言われたけどよく分からない。

 だって、なんで急にそんなことになるの?


 とにかく諦めていた旅行に、しかもロイドと一緒に行けるのだ。

 胸を躍らせながら私は訊ねる。


「何処に行くの。カリオスの海? ミュンテーンの舞台に行くのも良いわね!」


「アリスティアだよ」


「へっ、どこ?」


「アリスティア、北にある街だよ。フレアリス家が別荘を持っていてね」


「聞いたこと無い場所だわ。そこは……何があるの?」


「自然豊かな場所だよ。娯楽施設は少ないけど――君とゆっくり過ごすには、丁度良いかなと思って」


「……っ!」


 よく分からない旅行先の提案にしぼみかけていた私の心が、復活した。

 なるほど。つまりロイドは私と二人きりで、仕事の疲れを癒したいのね。


「ふふ、いいわ。その代わり、美味しい食事は用意して頂戴ね」


「勿論だよ」


「旅行に来ていくドレスのプレゼントも」


「当然さ」


「私のこと、愛してる?」


「……ああ、愛しているよ」


 柔らかく微笑むロイドの眼差しに、私はうっとりとした。

 そうね、ここしばらく何だか不運続きだったけれど――私は愛されているお姫様なのよ。


 こうして私は数週間後、ロイドと共に北の街へ出発したのだった。


◇ ◇ ◇


 しかし私は今、従者と共にアリスティアの大通りにいる。


 肝心のロイドはというと、フレアリス家の別荘に着くなり「急ぎの仕事が入ってしまった」と言って、何処かに行ってしまった。

 それ以降、1週間近く私は放置され続けている。


「こんな街、することもなくて、もう飽きたわよ」


 私が大きなため息をついていると、ふと妙に見覚えのある黒髪が目に留まった。

 ぎょっとしてそのまま眺めていたが、すぐにその影は何処かの店へ消えていった。



「……カナリヤ?」



 奇妙な違和感が胸を走る。

 だって、私はロイドと一緒にポータルで移動してきたけれど。

 こんな馬車で何日もかかるような場所に、あの子がいる筈ない。


 カナリヤを追放したあの晩は、結局、逃してしまった。

 けれど、どうせどこかで野垂れ死ぬのがおちだと思っていたのに。

 

 私は気づかぬうちに、痛いほど拳を握り締めていた。

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