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第2話 第二の人生の始まり(前)


 ――私は夢を見ていた。

 それは無実の罪を着せられて、屋敷を追い出された後のこと。


 私が命を落とす、間際のこと。



◇ ◇ ◇



「罪人には荷物なんか必要ないわよね!」


 冷たい一言と共に、私は門の外へと押し出される。

 そのとき身に付けていた粗末なドレスと古い首飾り以外は、何一つ持ち出すことは許されなかった。


「ロイド様のご慈悲に感謝することね! 本当は、貴女にもっと”役に立って”もらっても良かったのよ?」


 義妹メアリーの高笑いが響く。


「ま、待ってください! 私、何もしていません。本当に、何も――」


 地面に這うようにして許しを懇願する私を、父が冷ややかに見下ろしていた。


「よもや、ここまで落ちぶれるとは……」


「お父様、私は!!」


 それでも最後に慈悲をかけてもらえないかと必死にあげた私の声を、重い呟きが遮断する。


「やはり”あの日”、お前が死んでおけば良かったのだ」


「……っ!!」


 父のその言葉で、私は何も言えなくなった。


 ――唯一の血の繋がった相手である父に、死を願われてしまった。


 虚無感と絶望に襲われ、私の全身から力が抜けていく。


「ごめんなさい……」


 私は無意識に、かすれ声をあげていた。


「ごめんなさいっ、ごめんなさい……」


 何度繰り返したか分からない、謝罪の言葉。


 私が8歳の頃、母と別荘に出かけている時に火事が起きた。母は燃え盛る炎から身を挺して私を庇って亡くなり、私は生きながらえたものの右頬に大きな火傷を負った。

 

 母を深く愛していた父の悲しみと落胆は、計り知れないほど深かった。


 最初は父も、なんとか生き延びた私を受け入れようとしてくれた。けれど、どうしても無理だったらしい。次第に苛立ちをぶつけられることが増え、疫病神、呪いの子と呼ばれた。


 幼い私に出来ることは、ただ、謝罪の言葉を繰り返すことだけだった。

 事実、母が死んだのは私を庇ったせいなのだから。


 後妻のエルザと義妹のメアリーがやって来てからは、父の落胆は回復したようだった。ただ、私への扱いは酷くなる一方だった。エルザとメアリーは私を目の敵のようにして、自室も母の形見も殆どが取り上げられてしまった。

 父はただ、その様子を止めることも無く満足そうに見つめているだけだ。


 そのとき、私は気づいたのだ。

 父が私を許してくれる日は、きっと来ないのだと。


「確かにロイド様の仰る通り、私刑が公になれば家名に傷がつきかねませんわ! だからまず、貴女を追放する……ふふ、なんて素晴らしい提案なのでしょう!」


 脱力して抵抗することが出来ず、青ざめた顔で見上げるばかりの私を、メアリーが嘲笑う。


「そして追放されて破門になった後、我が家と無関係の娘が”どう”なろうと、もはや私たちには関係ありませんわ! ねえ、お母様?」


「そうね、メアリー。例えば、人攫いに捕まって娼館に売り飛ばされるとか――」


「いやですわ、お母様! こんな不細工な娘を買ってくれる方なんていませんわよ。そうね、でも、見世物小屋でくらいなら働けるかしら?」


 くすくすと笑いを零しながらおぞましい会話をする義理の母娘に、私は背筋がぞっと寒くなった。


「ひっ……!」


 そして、門から離れた屋敷の扉の陰から、にやにやとこちらを見つめてくる富商の姿に気づく。


 先程の不躾な視線を思い出し、気分が悪くなってきたし、身の危険も感じた。そうだ、破門になれば、浮浪者の娘を彼が捕まえてどうしようと、咎める者なんていない。


「いやっ!」


 私は必死に駆け始めた。

 18年過ごした思い出深い屋敷を振り返ることもせず、恐怖と、虚しさと、悔しさと、様々な感情でぐちゃぐちゃになりながら、ひたすらに屋敷から遠ざかるように走り続けた。


 それから、どれくらい経っただろう。


 普段から食事もろくに与えられていない私は、すぐに体力が尽きてしまう。息を切らしながらとぼとぼと、細い街道を歩く。王都の中心部からは離れたので人通りは疎らだ。


 街の景色がゆっくりと赤く染まっていく。夕暮れだ。もうすぐ夜がやってくる。私には当然、泊まる場所も、宿を得るためのお金もない。

 困り果てて俯いていると、背後から手首を強く掴まれた。


「カナリヤ!!」


「きゃっ!」


 突然名前を呼ばれて、私は竦み上がる。

 そのまま反射的に顔をあげると、そこには思いもよらぬ人物がいた。


「ロ、ロイドさま……」


 ずっと私の味方になってくれた人。私の憧れだった人。けれど、今は酷く恐ろしく感じる。私が追放されたのは、他でもない彼の提案によるものなのだから。

 

 ――彼の真意が分からない。


 戸惑いながら後ずさろうとする私の身体を、ロイド様は強く引き寄せた。


「良かった、ずっと探していたんだ。さっきはすまなかった。あの富商は王族とも繋がりのある有力者でね。君を差し迫った危機から救い出すには、ああするしかなかったんだ」


「……っ!」


 彼の説明に、波立つ心が少しだけ静まるのを感じた。


 私はてっきり、ロイド様の心は完全に私から離れてしまったのだと思っていた。でも、彼の言葉を信じるのであれば、あの追放宣言は私を救おうとしてくれたということだろうか。


「ロイドさま、私、無実です。盗みなんてしていませんっ!」


「ああ、勿論わかっているよ。僕のカナリヤがそんなことをする筈がない」


 彼の優しい言葉に、冷え切っていた心が溶かされていく。良かった。私の無実を分かってくれている人がいる。それだけで本当に救われる思いがした。


「迎えに来たんだ。君はもう、ヴァレンティーヌ家とは無縁となった。だから僕が、フレアリス家が保護する。一緒に行こう。これからは、僕が君を守るよ」


 ロイド様の掌が、私の両手の指先を柔らかく包み込む。細められた赤い瞳に見つめられて、私の心臓は激しく跳ねた。


「ありがとうございます、私――」


「あら、ここにいましたのね、お姉様!」

「ロイド様もおいででしたか、ひひっ」


 私の返事を遮るように、割り込んできた声が二つ。一つは義妹のメアリーによるもので、もう一つは先程の富商によるものだった。

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