第1話 18歳で私は死にました
――母が死んでから、不幸続きの人生だった。
道端に横たわったまま、夜空に遠く浮かぶ月を見上げながら思う。
刺された背中がじくじくと痛い。苦しい。息が出来ない。ただひとつ理解できるのは、自分の生命が少しずつ抜け落ちていく感覚。
「帰りたい……、あの、頃に」
私は月へ向かって震える指先を伸ばした。涙が頬を伝っていく。
「死ねば、また会える、かしら……」
そこで私の命は限界を迎えた。
ぱたりと腕は地面へ落ちる。瞼がゆっくりと閉じられる。人の気配もない暗い道端で、私は18年の生涯をたった一人で終えた。
◇ ◇ ◇
舞台は私が死ぬ、半日ほど前に遡る――。
「カナリヤ、お前が盗んだのか」
豪奢に飾り付けられた屋敷の応接間で、私は家族や使用人たちに囲まれていた。
父の軽蔑しきった冷たい眼差しが私を射抜く。
「お父様、そんな、私ではないです」
私は震えて竦み上がりながらも、何とか否定の言葉を返す。けれど、この場にその言葉を信じてくれる相手なんていない。
誰もが蔑むような、憐れむような視線を私に向けている。
「それなら、どうして貴女の裁縫箱からこれが出てきたのよ!」
義理の妹のメアリーが、勝ち誇ったような顔で問い詰めてくる。彼女は母の死後、父の後妻が連れてきた娘だ。
母親譲りの金髪と青い瞳を持つメアリーは華やかで、美しいと評判だった。
真っ黒な髪で赤い瞳、しかも右頬に大きな火傷の跡のある私とは、大違い。
「ごめんなさい……、わ、わかりません……」
私の言葉に嘘はなかった。本当に、思い当たることは何もなかったのだ。それでも謝罪の言葉を口にしてしまったのは、謝るのが癖になってしまっていたからだ。
事の発端は、屋敷を訪れた富商の持参品のひとつである、赤いルビーのネックレスがなくなったことだった。かなり高価な品なので大騒ぎとなり、建物中の大捜索が行われた。
そして、私のあてがわれている小さな部屋の裁縫箱の中から、このアクセサリーが発見されてしまったのである。
「お父様、お母様、私、もう限界です。こんな盗みまで働くような、見た目だけでなく心まで醜い相手を、姉として認めたくありませんわ!」
メアリーの言葉に、義理の母であるエルザも同調して頷く。
「全くですわ。本当に卑しい子だこと。呪われたお前を追い出さずに屋敷に置いてやった恩を、こんな仇で返すなんて」
ぱちんと扇子を開いて口元を隠しつつ、エルザは私を睨んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、私、本当に盗んでいません……」
いつもならば、彼女たちの無理難題を、罵詈雑言を、謝罪の言葉と共に受け入れてしまうところだ。だって、そうしなければ許されないと知っているから。
でも、今日は認める訳にはいかない。母が生きていた時、いつも私に優しく伝えてくれた。
『――お月さまはいつも貴女を見ている。それに恥じない生き方をしなさい』
犯してもない罪を、認める訳にはいかない。私は手をぎゅっと握り締めると、助けを求めるように父を見た。
父が私を見つめる瞳は、相変わらず冷え切っている。その視線にさらされるたび、私の胸はナイフを突き立てられたような痛みに切り裂かれる。
分かっている。きっと、父が私を許し、愛してくれる日はもう来ない。それでも望んで期待してしまうのは、優しく温かな記憶が残っているからだ。
「本当に往生際の悪い子ね! さっさと認めなさいよ!」
「そうよ。なんなら、その悪さする腕を切り落としてやろうかしら?」
「ひっ……、ごめんなさいっ。腕は、腕だけは……!」
私はがたがた震えながら小さくなる。守るように自分の身をかき抱くが、あまりに頼りない。その姿を、メアリーは愉快そうに嘲笑う。
エルザは応接間に飾られていた、宝石のついた短剣を手に取った。冷たい足音を響かせながら、私にゆっくりと近づいてくる。
ただの脅しかもしれない。でも、本気かもしれない。彼女たちのこれまでの行動を思えば、本当に腕を傷つけられてしまう可能性は十分にあった。
腕が使えなくなれば、裁縫も、刺繍も出来なくなってしまう。母から教えて貰った、母に褒めて貰った、私の唯一の誇りまで取り上げられてしまう。
恐怖で固まったまま謝罪の言葉を繰り返す私の背後から、じっとりとした声がかけられた。
「まあ、まあ、皆さん。落ち着いてくださいな。こうして、無事に商品も戻って来たんだ、何も大事にする必要はないでしょう」
それは今回の盗難被害にあった富商の発したものだった。彼は恰幅の良い初老の男性で、私を庇うように立ち塞がり、そっと私の肩に手を置く。
「何も腕を切り落とすことは無いでしょう。このお嬢さんはまだお若い! 五体満足の方が、”色々と”できることも多いでしょうし」
その視線が意味ありげに私の胸元から下へ向かって動き、笑みが深められた。
「ひっ……!」
私は本能的なおぞましさを感じて逃げ出したくなったが、肩に手を置かれたままで動けない。
最初は私を庇うような言動の富商に不服気だった義理の母妹たちも、彼の発言の真意を見抜くや、にやにやとした笑みを口元に浮かべた。
「あらあら、確かにそうですわね。この子にも少しは役に立って貰わなくては!」
「どうせその顔じゃ、嫁の貰い手もおりませんもの」
「ふふふ、それじゃあ今回の騒動を不問にする代わりに、まずは私と一晩――」
勝手に話がどんどん進んでいくのを私は止めることが出来ず、混乱ばかりが頭の中をかき乱していく。
これは夢? 私はどうなるの? 犯してもいない罪を着せられ、その贖罪の為に、この身の純潔を捧げなくてはいけないの?
「いやっ……、いやぁ……」
掠れた声と重なるように、凛とした声が応接間に響いた。
「――お待ちください!」
それは深紅の髪と瞳を持つ、凛々しい顔立ちの青年。私の幼馴染であり、勇者の末裔という名誉まで持っている侯爵家のロイドだった。
「ロイド!!」
扉の傍にロイドの姿を見つけるや否や、メアリーは甘い声で彼を呼んで駆け寄って行った。ぎゅっと彼の逞しい腕に抱きつく彼女に優しく微笑んだ後、ロイドは私の父へ視線を向けた。
「会話を立ち聞きしてしまい、すみません。今日はメアリーと食事の約束をしていたのですが、迎えに来たら随分と騒がしかったので……」
父は私への態度とは打って変わって、愛想のよい笑みを浮かべるとロイドへ答える。
「これはこれは! お恥ずかしい所をお見せしてしまい、すみません、ロイド様。こちらは処理しておきますので、どうぞメアリーをお連れになってください」
「そうね、行きましょう! うふふっ」
媚びて急かすように甘えるメアリーを、ロイドは穏やかに引きとめる。
「ああ、すぐにでも行きたいところだが……。流石に、このやりとりは見過ごせないよ」
ロイドの赤い瞳が、怯える私へと向けられる。美しい、宝石のような瞳。幼い頃からずっと焦がれ憧れてきた、優しい瞳。
母が死に、父が私を見捨て、世界が私を嫌っても、彼だけは密かに私を支え、見守って来てくれた。私のただ一人の味方だった。
「ロイドさま……」
見つめ合う私たちの姿が不服だったのか、メアリーがロイドの腕を強く引いて身を寄せる。
「ちょっと、ロイド! お姉さまってば、酷いのよ? 盗みなんて恥知らずな行為をしたんだから、罰を受けるのは当然ではなくって?」
「ちっ、違います、私はしていません! 決して、そのようなことは」
「ああ。大体のやり取りは聞かせて貰ったよ。その上で、言いたいんだが――」
ロイドなら、きっと私を助けてくれる。立場上、公に味方することは出来ないとしても、この絶望的な状況から救い出してくれる。
私は縋るような思いで、彼の言葉を待つ。
「僕は、カナリヤをヴァレンティーヌ家から追放すべきだと思う」
「……えっ?」
そして、目の前が真っ暗になった。
唯一、頼ることができるはずだったロイドが、何の前触れもなく私を突き放したのだ。 どうして? なぜ? 混乱と悲しみで、私の胸は締め付けられる。
家から追放される――それは、頼る宛のない私にとっては死刑宣告に等しいものだ。
実際、私はこのあと屋敷から追い出されて、その夜に何者かに背中から刺されて死ぬこととなる。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
辛い始まりになりましたが、4話以降は明るい溺愛物語になっていきます。
応援してくださると嬉しいです。
面白かったらブックマークや★評価を頂けると励みになります。
また、当作はハッピーエンドを予定しています!
安心して読み進めて頂ければと思います。




