第15話 ヴァレンティーヌ家の暗雲(前)(★メアリー視点)
私はメアリー・ヴァレンティーヌ。
忌々しいあのカナリヤを追い出して、名門ヴァレンティーヌ伯爵家の一人娘になれたのよ。
これで順風満帆。
私の未来は明るいと思っていたのに、何だか最近うまくいかないの。
今朝だって食事の時間に、お父様にドレスをおねだりしたのに――。
「お父様、そろそろ新しいドレスが欲しいですわ」
「すまないな、メアリー。今は余裕がないのだよ。春に買ったものがあるだろう?」
「あれはもうデザインが古いです。流行遅れのドレスでは、ロイドにも恥をかかせてしまいます」
「……とにかく、無理なんだ。仕立て屋に行って直してもらったらどうだい」
「そんな、貧相な! 仕立直しのドレスなんて、まるでカナリヤのようではないですか!」
私がどれだけ抗議しても、お父様は困ったような顔をするだけだったわ。
お母様に助けを求めようとしたけれど、怖い表情で黙り込んでいて、話しかけられる雰囲気ではなかったし。
「なによ、なによ! これまで、私のおねだりを聞いてくれなかったことなんてないのに!」
拗ねて自室に戻ってきた私は、力任せにクッションを壁に投げつけた。
クッションは棚の上に飾っていた陶器の人形を掠めて、人形は床に落ちて割れてしまった。
「あっ……」
ガシャンという音と共に、その残骸を見つめる。
――これはロイドと出かけた時に、彼が買ってくれたものだったのに。
「なによっ。何よ、何よ、何よぉ……!!」
苛々と悲しみが混ざりあって、私は棚をガンガン蹴りつけた。
それでも怒りは全然収まりきらず、ベッドの上に乱暴に飛び乗ってシーツを叩いた。
「ロイドも最近、全然、構ってくれないしっ」
カナリヤを追い出した日以降、ロイドからのデートの誘いはすっかり減ってしまった。
折角、邪魔者がいなくなったのに、どうして?
ロイドはいつも私に言っていたわ。
『メアリーは本当に綺麗だね。カナリヤとは大違いだ』
『フレアリス家とヴァレンティーヌ家は古い付き合いだから、どうしてもカナリヤの世話をしなくてはいけなかったけど、うんざりしていたんだ』
『こんなに素敵な君が、ヴァレンティーヌ家に入って来てくれて良かった』
ほらね、ほらね! 私って、愛されているの!
私も初めてお父様からロイドを紹介された日、一目で恋に落ちたわ。
鮮やかな赤い髪、炎のような深紅の瞳、凛々しく逞しい立ち振る舞い、全てが理想的だった。
彼が勇者の末裔だと聞かされた時、心から納得したもの。
そして思ったの。ロイドが勇者で、私が守られるお姫様なんだわ。
……でも、彼がカナリヤを気にかけているのは分かっていた。
子供の時からの付き合いで幼馴染らしいから、優しいロイドは、カナリヤを切り捨てられないのだと思おうとしたわ。
けれど、どれだけ辛辣な言葉を使っても、彼がカナリヤを見つめる瞳が、ときどきどうしようもなく熱を帯びていたの。
私はそれが許せなかった。
私の方が本命だって、勿論、確信はしていたのよ?
それでも、少しでも彼の目がカナリヤに向くことが、許せなかったの。
――だから罪をかぶせて、家から追放してやったのに。




