第13話 初めての二人の夕食(後)
テーブルの上のスープからは、食欲をそそる根菜の甘い香りが漂っている。
白身魚のソテーとパンからも柔らかな湯気が立ち、出来立てを準備してくれたのだと分かる。
――冷めないうちにいただかなくては、申し訳ないし、勿体ない。
私は必死に頭を働かせて、自分の真横に座っているサリオン様へ提案した。
「ええと、サリオン様。それでは、せめて、こちらのお席に移動しませんか?」
私が譲歩案として示したのは、テーブルの角を挟んだ隣の席への移動。
近い位置のまま、二人分の料理をちゃんと並べられる場所だ。
「今のままでは、目の前に二人分のお食事を並べることも出来ませんし」
「むう」
「私はサリオン様と、同じようにお食事を頂きたいのですが……」
「……同じ?」
「はい、そうです。同じです」
私は祈るような気持ちで言葉を口にした。
近くに居たいと望んでくれるのは嬉しいけれど、一緒に食事を楽しみたい気持ちも大切にしたかった。
しばらく考え込むように黙りこんだサリオン様は、やがてふっと、口元を緩めて笑った。
「分かった。カナリヤがそう言うなら、そうしよう!」
「良かったです……!」
私は心から安堵して息を吐く。
会話を見守っていたお城の魔物さん達からも、ほっとした気配が感じ取れた。
あっと言う間にテーブルセットは直されて、私とサリオン様は近い距離で食事を頂くことになる。
促されてスープを一口飲んだ私は、その優しい味に感動した。
「美味しい。何だか……、元気になる味がします」
自然と表情を綻ばせる私に、サリオン様が嬉しそうに笑いかける。
「そうだろう、そうだろう。ババの料理は絶品だからな!」
「はい、それに、温かい料理は――」
温かい料理は久しぶりだと言いかけて、私ははっとして口をつぐんだ。
実家にいた頃は残り物の冷えた食事しか与えられていなかったが、そんなことを言っては心配をかけてしまう気がする。
不思議そうに首を傾げて言葉の続きを待つサリオン様に、私は微笑む。
「温かい料理は、幸せな気持ちになりますね。特に、誰かと一緒に食べるお食事は」
「誰かと一緒……僕のことだな」
「はい、その通りです」
「カナリヤも僕と一緒に夕食がとれて嬉しいのか?」
「勿論です」
「……!」
私の言葉に、サリオン様は子供みたいに紫の瞳をきらきらと輝かせる。
端正で大人びた顔と表情のアンバランスさが、何とも可愛らしい。
「よし、僕も食べるぞ」
張り切って声をあげると、サリオン様も食事を始めた。
流石というべきか、テーブルマナーは完璧である。きっとリュミエさんの教育の賜物だろう。
私もきちんとした食事の場は久しぶりだったが、昔、母から教わったマナーを思い出しながら何とか夕食を進めていった。
「あっ……」
そして、母のことを脳裏に浮かべた私は、食堂に来る前に気づいた疑問を思い出した。
隣で優雅にフォークを口に運ぶサリオン様を、そっと見つめる。
「あの、サリオン様。ひとつ、お尋ねしても良いでしょうか」
「良いとも、何でも聞いてくれ給え」
「サリオン様は私を……その、私の死体を拾ってくださったと思うのですが。そのとき、蝶の形の首飾りを見かけませんでしたか?」
私が気になっていたのは、屋敷を飛び出してきたときに唯一持ちだした蝶の首飾りだ。
古くてボロボロだが、母の形見である大切な物だった。
私の服や靴は屋敷を出た時のままだった。
だが、首飾りだけなくなっていたことに着替えの時に気づいたのだ。
「首飾り……、ああ、あれか。ヴァルク、ここに」
心当たりがあった様子のサリオン様が、ヴァルクさんに指示を出す。
ほどなくして、綺麗な細工の施された小箱が運ばれてきた。
「確かにカナリヤが倒れた時、首にかけていたものだ。あのままにしておくと壊れてしまいそうだったから、こうして外して保管しておいたんだ」
「良かった! 大事なものなんです、ありがとうございます」
感謝を伝えつつ渡された小箱のふたを開けた私は、固まってしまった。
「……っ」
そこには確かに、丁寧に仕舞われた蝶の首飾りがあった。しかし半分に割れて、片翅だけになってしまっている。
「どうした?」
サリオン様の心配そうな声で、私は我に返る。
「い、いえ、ごめんなさい。なんでもないです……」
ぎゅっと小箱を握り締めながら、取り繕うように告げた声が震えた。
彼の様子から考えて、おそらくこの首飾りは最初から割れてしまっていたのだろう。
こうして親切に保管しておいてくれた彼にそれを伝えるのも、何となく躊躇われる。
私は一生懸命悲しみを押し隠して微笑んだ。
「これ、私が持っていても良いですか?」
「……構わないよ。元々、君のものなのだから」
「ありがとうございます」
壊れてしまったとしても、母の形見が手元に戻って来てくれたのは嬉しかった。
心からの感謝を再度告げて、私は首飾りを小箱へと仕舞い直した。
夕食はどれも美味しく、それに重た過ぎず胃にも優しいメニューだった。
粗食ばかり食べていたであろう私を、ババさんが気遣ってくれたのかもしれない。
綺麗に完食し終えると、サリオン様がにこにことこちらを見つめてきた。
「カナリヤ」
「はい、なんでしょう」
「デートしよう」
「えっ!?」
唐突な言葉に、私は目を丸くした。
「デートすれば、人は元気になるんだろう? ヴァルクの恋愛小説に書いてあったぞ!」
「え、ええっ」
戸惑う私をよそに、サリオン様は嬉しそうに語る。
「明日、迎えに行く。良いな?」
「は、はいっ」
勢いのままに頷いてしまった私に、サリオン様は満足げに微笑んだ。
――もしかして、首飾りのことで気落ちした私に気付いて、提案してくださったのかしら。
考えが追い付かないままに、彼は仕事が残っているからと部屋に帰って行ってしまった。
私はその背を見送りつつ、胸に宿った確かな温もりを感じていた。




