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第12話 初めての二人の夕食(前)

 急いだおかげで、私たちはなんとか夕食の時間に間に合ったようだ。

 

「カナリヤ様をお連れしました」


 三人のメイドさん達に案内されて辿り着いた食堂は、立派なシャンデリアと深紅の絨毯が特徴的だ。

 中央に白いテーブルクロスのかかった大きな長机が一つ置かれていて、その両端に豪華な食事が一食分ずつ準備されていた。


 部屋の奥には"人影"がずらっと並んでいる。

 リュミエさん、ヴァルクさん、それから灰色のコート姿の人物、真っ黒なスーツ姿の男性、マントを羽織った老紳士、その他にも何人かの人間の姿があった。


「やあ、カナリヤ。遅かったじゃないか」


 灰色コートの人物が、青い瞳を猫のように細めながら笑う。伸ばしっぱなしのような長い髪が、ふわふわと揺れた。その声には、聞き覚えがある。


「え、えっと、まさか、ミュラさん?」


「当たり! よく分かったねぇ」


「ふんっ。オマエはそのまんま過ぎる。分かって当然だ」


「にゃんだとぉ?」


 ミュラさんに辛辣な言葉を投げつけた黒スーツの男性は、おそらくノクスさんだろう。

 どうやら魔物の皆さんが、人間の姿をとって並んでくれているようだ。


「落ち着きなさい、ミュラ、ノクス! 夕食の前ですよ」


「はーい」

「御意」


 上品に着飾った人間姿のリュミエさんが一喝すると、二人は途端に大人しくなる。

 そして彼女はにこやかに微笑みを浮かべて、私の元へ歩み寄って来てくれた。

 

「カナリヤ様、お待ちしておりました。さあ、お席へどうぞ」


「はい、あの、ありがとうございます」


 私は深々と頭を下げる。

 目の前のリュミエさんに、そして、壁に並んでいるお城の皆さんへ。


「こうして皆さんが人間の姿になってくださっているのは、私を気遣ってのことですよね。本当に、なんとお礼を言って良いか……」


 黒曜城に来てからは驚きの連続だが、それ以上に温かな心遣いを感じていた。

 かつて実家で暮らしていた時には得られなかったものだ。


 私はとにかくそれが嬉しくて、勿体なくて、でもやっぱり嬉しくて、感謝を述べずにはいられなかった。


「ふんっ。別に、これは陛下のご指示だ。良いから早く席に行くと良い」


 ぶっきらぼうなヴァルクさんの言葉に、ミュラさんが茶々を入れる。


「おやおや、珍しい。ヴァルクが照れているねぇ、愉快、愉快」


「馬鹿なことを言うな!」


 再び賑やかになる城の住人たちの言葉を、リュミエさんが窘めるように、けれど少し楽しそうに遮った。


「ふふ、はいはい。皆さん、並び直してください」


 それから私の顔を覗き込み、優しい瞳で見つめてくれた。


「そんなに畏まらずとも良いのですよ、カナリヤ様。私どもは、貴女を歓迎します」


「は、はいっ……」


 頷く私の背後から、凛とした声が響いた。



「そうとも!」



 振り返ると、そこには優雅に礼をするサリオン様の姿があった。

 彼は長い白銀の髪を三つ編みに纏めていて、先程よりも大人っぽく上品さが増していた。

 

 宝石のような紫の瞳で私を見つめて、サリオン様は甘く微笑む。


「お手をどうぞ、美しいレディ。席までエスコートしましょう」


「えっ、あ、あっ……」


 その紳士然とした仕草に圧倒されて、私は差し出された彼の手を見つめたまま立ち竦む。

 

 ――どうしよう、ドキドキしてしまう。


 彼とは初めて会ったはずなのに、こんなにときめいてしまうのは可笑しいかしら。

 それでも、とても大切にしてくれているのが伝わって来て、胸が温かくなる。

 

「はい、サリオン様。ありがとうございます」


 私はそっとサリオン様の手を取る。

 その瞬間、彼は悪戯っぽく笑いながらそのまま私を引き寄せて、腕の中に収めた。


「本当に綺麗だ、カナリヤ」


「わっ、あ、あの」


 端正な顔を間近で見つめながら、私は真っ赤になってしまった。

 綺麗なのはサリオン様の方だと思う。

 それでも彼は私を褒めながら、優しく頬に触れてくれた。


「ずっとこうしていたい――けど、食事をしなくてはな。リュミエに叱られてしまう」


 くすくすと肩を揺らしながら、彼は冗談めかして囁く。

 私はただただ、彼の腕の中で小さく頷くことしかできない。 


 腕から解放されると、導かれるように私は食事のセットされた席に着いた。


「ありがとうございます」


 椅子も引いて貰って、完璧なエスコートだった。

 流石、サリオン様は貴族としての振る舞いも洗練されている。


 まだドキドキしたまま、何とかお礼を言う私に彼は目を細める。

 

「当然のことをしたまでだよ。さて……」



 そして、当たり前のように、私の隣に椅子を持って来て着席した。



「さ、サリオン様?」


「うん?」


 私の問いかけに、隣の彼はにこにこの笑顔で応えてくれる。

 とても絵になる美しさだし、何だか少し可愛い。


 でも、この状況はおかしいと思う。


「サリオン様のお席は、あちらのお向かいでは……ないでしょうか」


 私は勇気を振り絞って、彼に告げた。

 そう、食事は長机の両端にセットされているのだ。

 けれど彼は今、長机の短辺の私の隣に無理やり座っている状態だ。


 あまりに堂々としていたので、一瞬、これが正解なのかと勘違いしかけた。

 しかし壁際にいるリュミエさんが頭を抱えているので、多分普通に間違いなのだと思う。


「嫌だ。あの席では、カナリヤがよく見えないではないか」


「え、ええっ……」


「カナリヤは、僕と近い席は嫌か?」


「そそ、そんな、とんでもありません! でも、皆さんが、あちらに用意してくださっているので……」


「嫌だ、嫌だ! 僕はここが良い!」


 先程までの大人っぽい振る舞いはどこへやら、サリオン様は子供のように駄々をこね始めた。


 私が助けを求めるようにお城の方たちの方へ視線を向けても、彼らも諦めたように遠い目をするか、面白がって眺めているだけだ。


 ――サリオン様の暴走は、いつものことなのかもしれない。

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