Destiny.8 安全圏
「やっべーなあれ……」
「あんなのが当たったらひとたまりもないぞ、おい……」
爆炎に赤く染まる夜空を前に、誰もが等しく震えていた。
当然と言えば当然ではある。あんな熱線が学校に当たれば、私たちは校舎ごと蒸発して終了だろう。
だが、どうしろというのか。もし職員室で見たロボットが本当に存在するとして、そんなものであの怪獣を倒せるのだろうか?倒して、それからは?全てが五里霧中であった。
そんな中。
キィン……。
再び音が鳴る。
――こんな状況で……?
私は押し寄せる現状に困惑しながら、皆に遅れる形で教室内にやや駆け足で入った。黒板には案の定、光の文字が書かれていた。
"DESTINY.2:BORDER"
"POPULATION : 36"
「ボーダー?」
「境界線……とかそんなんだっけ?」
沙知の質問に不確かな回答で返す。ボーダーは確かに境界線という意味を持つ言葉だ。
でも、境界線って?何と何の?どこかにそんなものがあるのか?
そう考えた時、廊下の方から上履きと床が擦れる音が聞こえた。
「はあっ……みんな、はあっ……わたしの言うこと聞かなすぎ……」
その声の主は、千代だった。少し不満そうな顔をしながら私たちを見つめている。
「単独行動は危険だってあれほど……」
「ご、ごめん……」
私はどう反応するべきか分からず、申し訳程度に謝罪した。
「でも、あの爆発のことが気になって」
「それのことなんだけど……わたし、職員室で見つけちゃったんだ」
千代の声が深刻さを帯びていく。皆が次の言葉を待った。
「いい?この街には、境界があるの……」
「境界?」
誰かが小さく反復した。ざわめきが一瞬だけ静まる。
千代は教卓の前まで歩き、少しだけ呼吸を整えてから、黒板に浮かぶ光の文字を指さした。
「……たぶん、これと関係ある」
指先が示すのは、青白く光る"DESTINY.2:BORDER"の文字だった。
「職員室の中央モニター、あの爆発の後も見てたんだけど、その中に地図があったの」
「地図……?」
私は首を傾げた。千代が唇をギュッと結ぶ。
「うん、地図。その地図にね、学校を取り囲むようにぐるっと円が書いてあったの。まるで……壁のように」
教室に小さなどよめきが走る。千代は言葉を続ける。
「その線の外側は真っ黒で、ところどころノイズみたいに映像が乱れてた。でも」
千代は一拍置いた。
「あの『山』は線の外側にあった」
空気がひやりとするのを感じる。
皆、理解していないのではなく、理解しているからこその静寂が流れた。
それを破ったのは、ある男子だった。
「つまりさ……その円の外側にはあんな奴らがゴロゴロいるってことか?」
「違う……、いやそうかもしれないけど、もっと違う意味があると思う」
千代は言葉を一語一句確かめるように発した。
「あの円は、安全圏を表しているんだと思う」
「安全圏?」
「うん……円のこっち側はああいう怪獣は出ない……」
「でも、さっき魔物が学校に出たじゃん」
「あれは、文字通りテストだったんじゃないかな……わたしたちを試すための」
その時、私の隣にいた別の男子が声を荒げた。
「そんな……そんなことのために翔介は死んだのか!?」
「わたしだって分かんないよ!」
千代は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を床に落とした。それから、もう一度ゆっくりと顔を上げる。
「わたしだって、あの子の死を正当化したいわけじゃない」
声は震えていない。だが、必死に震えを押し殺しているのが分かった。
「でも、あれがテストだったなら……さくらが力を得たこと自体が、その結果なんだと思う」
皆の視線が私に集中する。
あまりにも重たい視線が。
「私、そんな力ないよ……だって成り行きで手にしたものだし……」
「さくら!」
千代が叫び声を上げる。
「あなたには、あるの!力が、責任が……」
「千代……」
千代の目から涙がこぼれ落ちる。それは、無理をしていることの証拠に感じた。
「でも……円は完全じゃないと思う」
「完全じゃ……ない?」
沙知が身を乗り出して聞く。
「さっきの爆発の後、円が少し欠けてた。おそらく、爆風で削れたんだと思う」
「じ……じゃあ、あれが続くと……」
「安全圏はなくなる」
千代は、確かな覚悟を持ってそう言った。




