Destiny.5 一週間
名札を胸に付け、三十六人は誰に言われるわけでもなく廊下へと出た。混乱もなく、不気味なまでに落ち着いたまま、三列に分かれて並ぶ。
先頭は三人。真ん中は千代、その左が私、右が沙知だ。
「それじゃ、行きますか!」
千代の音頭と共に、列は階段の方へと動き始めた。上履きと床が擦れる音が何重にも重なって聞こえる。
「ゆっくりでいいからね!何か見つけたら逐一報告すること!」
千代は慣れたような口調で三十六人全員に聞こえるように言った。
「千代ちゃん、指示出すの上手いね」
「わたし、中学だとクラス委員やってたんだ。よく声が通るって言われたよ」
「へえ、そうだったんだ」
沙知は感心するように少し背の高い千代を見上げた。千代のストレートヘアが天井から降る光に照らされる。
「それにしても、さくらさん……いいの?」
「さくらでいいよ。うん、私しか戦えるのいなさそうだし」
「それにしても、わたしたちも何かサポートできれば……」
「ううん、音頭取ってくれるだけでもありがたい。こういうの苦手だし」
私は笑みを浮かべた。やや無理のある笑顔だ。
すぐに列は階段にさしかかった。左側は一階へ、右側は三階へ続いている。
「どっち行く?」
「とりあえず、一階行きましょ。食堂とかあったはず」
千代に言われるまま、私たちは階段を下りる。一段ずつ、足元を確かめるように。
「でも、学校だけ電気があるのも不思議じゃない?」
「というと?」
私の言葉に千代と沙知が首を傾げる。
「だって、窓の外の街は真っ暗だったのに、ここだけは曲がりなりにも電気がついてる」
「確かに……少し変だね」
「まあ、この状況全てが変なんだけどね」
口から空笑いが出る。
階段を下り切り広い空間に出ると、空気の質が変わった。
ひんやりとした、少し湿った匂い。普段なら昼の喧騒で満ちているはずの場所が、今は水を打ったように静まり返っている。
「……食堂だ」
沙知がガラスで仕切られた大部屋を指差した。向こうには、長机の列とカウンターが見える。
「安全そう……かな?」
千代が一人飛び出し、ガラス越しに食堂の中を伺った。両腕で丸のサインを出す。
列はみるみるうちに崩れ、皆が一斉に食堂目掛けて走り出した。
「みんなー!焦らないでねー!」
千代の声に従って、何人かがカウンターへ、また別の何人かが冷蔵ケースの方へ向かった。
パン、菓子パン、サンドイッチ。冷蔵ケースにはおにぎりや飲み物も並んでいる。
「……あった!」
誰かの声が、抑えきれない安堵と共に上がった。
「机に出してまとめよう!」
千代がすぐに声を張った。
「種類ごとに並べて!飲み物はこっち、パンはあっち!」
彼女の指示で、数人が長机の上に食料を運び始める。沙知も袖をまくって手伝い、私も手近なパンをいくつか運んだ。
最初は歓喜に近い空気だった。
「よかった……食べ物あった……」
「水もあるじゃん!」
けれども、机の上に並べ終わった時、その空気はゆっくりと変わった。
笑顔が少しずつ消えていく。
パンはせいぜい七十個ほど。おにぎりは四十個ぐらい。飲み物のペットボトルは五百ミリが八十本。一人約二本しかない。
「……これだけ?」
誰かが、恐る恐る口にした。
千代は机の上をじっと見つめ、静かに息を吐く。
「……一週間、もつかどうか、だね」
その言葉が、重く落ちた。
誰も反論しない。できない。
――足りない。どう考えても。
「……でも」
沈黙を最初に破ったのは、千代だった。
「これだけと決まったわけじゃない。それに」
千代は唇をギュッと締めた。
「人もいるかもしれない」
「でも、次、どこに行く?」
私の言葉に千代は深く悩んでから、
「職員室だ」
短く答えた。
「職員室なら、先生もいるかもしれないし、他の生徒もいるかもしれない」
その言葉に、ざわめきが小さく広がった。
「そうだよな、まだいるかもだよな」
「でも、何もなかったら……?」
期待と不安がない混ぜになった声が四方八方から噴出する。
「はいはい!もう一度三列に戻って!職員室行くよ!」
千代の声で、ばらけていた生徒たちがぎこちなく列を作り直していく。食料はひとまず元にあった場所に戻した。
私は右腕のデバイスに視線を落とす。緑色の光が、微かに脈打っている。
――まだ、生きてる。
それが安心すべきことなのか、恐怖すべきことなのか、私には分からなかった。




