Destiny.3 力
私は、死に場所を探している。
去年の夏。某競技場にて。
県大会のエースという肩書きと皆の期待を背負った私は、いつものように位置に並んだ。
ピストル音が鳴り、クラウチングスタートを成功させる。
加速し、あっという間に最高速に乗る。
流す、景色が、流れる。
瞬間、痛みが膝に走る。
鈍さ、違和感。
速度が、落ちる。ゴールが、遠のく。
十四秒.五。突きつけられた数字は、残酷なものであった。
私は、泣いた。更衣室で、ワンワンと。
後日、私は病院で『離断性骨軟骨炎』と診断された。
全治、九ヶ月。成長期の私にとっては、致命的な長さだった。
―――――
私は、死に場所を探している。
――見つけた。
得体の知れない魔物を目の前に、私の中に恐怖と、微かな期待が湧く。
「さくらっ!!」
沙知の声が耳をつんざく。
私は振り返らなかった。
振り返ったら、生きたくなるから。
逃げたくなるから。
それだけは、嫌だった。
魔物の息が、肌に触れる。何かが腐ったような酷い臭いがする。
驚くほど近いのに、驚くほど静かだ。
「こ……」
私は言葉を捻り出す。
「来いよ」
魔物が低いうねり声をあげ、鋭利な顎が私の胸に振り下ろされる。
「……っ」
衝撃は、来なかった。
代わりに来たもの。それは、白い空間だった。
教室から色が消え、白に満たされている。
沙知も、出口に押し寄せるクラスメイトも、黒板も。
全てが白く、静止している。
まるで、さっきみたいに。
「私、今度こそ……」
――死ねたのかな……?
そう口にしようとした時、どこからか拍手が聞こえた。拍手は次第に近づく。だが、その主はどこにもいない。
「だれ……?」
「合格だ」
男性とも女性とも言えない、不思議な声が私の脳内に響く。不快な痒さが頭に走る。
「……は?」
「キミは、確かにオブザーバーだ」
――オブザーバー。黒板に現れた文字と、同じ言葉。
「これはテストさ。キミには力を受け入れる"器"がある」
「テスト?テストって何!?」
「世界の存続をかけた、観測実験さ」
意味が分からない。分からないのに、何故か話がスッと入ってくる。
「キミには武器を与える。力を与える。これを受け取るといい」
声と共に、私の右腕が光り輝く。
「くっ……」
閉じた目を再び開けると、腕にはデバイスが嵌められていた。私のスマホにも似た、白いデバイス。
「キミの愛用しているスマートフォンとかいう機械を少し弄らせてもらった。その武器で生きるもよし、死ぬもよし。全ては運命次第さ」
「待って!あなたは誰なの!?」
私は叫んだ。声の主がどうしても知りたかった。
「ボクは、キミたちと同じ。世界の観測者だ」
刹那、意識が現実へと戻る。眼前に魔物がいる。
私は反射的に右腕を魔物の前にかざした。
すると、デバイスから緑色の眩い光が流れ出した。光は円になり、魔物の顎を弾き返した。
「これは……盾?」
緑色の光はまるで盾のような形をしていた。
魔物はまるで驚いたようにこちらを見ている。出方を伺っているようだ。
「ならば!」
私は右腕を高く振り上げた。緑はみるみるうちに形を変えた。円から、直線へ。
盾から、剣へ。
魔物はそれを視線に収めるなり、私に飛びかかってきた。
「うおおおおおおお!!!」
私の腕が魔物へと振り下ろされる。光の刃は魔物の顔を二分するように、抵抗もなくスッと通り抜けた。
空間が避ける音が、一拍遅れて聞こえ、そして魔物の顔が大きく割れた。紫色の血が流れ、机や椅子を汚す。
魔物は絶命した。
「お……終わった……?」
沙知の口から言葉がこぼれる。
私がゆっくり振り向くと、沙知は怯えていた。
恐怖に震える目。得体の知れない何かを見つめる目。
「サチ……」
キィン……。
高い音が脳に響く。さっきも聞いた音だ。
私は黒板に目をやる。光の文字が書き換わっている。
"DESTINY.1:CLEAR"
"POPULATION:36"
それと同時に、魔物の身体と血、そして殺されたクラスメイトがサラサラと砂のように分解され、消えた。何事もなかったかのように。
「二人死んだから……」
二人死んだから、三十六人。
――もし、私が力を手にしていなかったら、もっと……。
私は教室内を見渡した。ほぼ全員が私のことを見つめている。
敬意と、畏怖の目で。




