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Destiny.1 流れついた先で

 破滅。


 そんな言葉に憧れ始めたのは、そう。中学三年の夏。


 陸上部のエースとして大会に出場した私は、県大会で惨敗した。


 百メートル、十四秒台後半。十三秒前半には入らなければ全国大会には上がれないと言われている中で、致命的と言える時間だった。


 私は泣いた。涙が枯れ果てるまでに。


 この世を呪うまでに。


 まさか、本当に世界が一変するとは思いも知らずに。



―――――



 高校一年、春。


 なんとなく受験し、なんとなく入った高校の桜は、やはりどことなく自信なさげに咲いていた。


 県立東橋(あずまばし)高等学校。男女共学のこの高校は、特に可もなく不可もなくといった感じの、どこにでもある普通の学校だ。偏差値は五十五、部活はせいぜいが県大会止まり。褒められたことも、事件が起きたこともない。


 だから、私は、負け組はこんな場所に流れついた。


 この高校を選んだ理由は三つある。ひとつは単純に家に近いから。


 もうひとつは友達が選んだから。


 そしてもうひとつは、陸上部がないから。


 東橋高校の近くには陸上部の強豪校が二つある。この地域の勢力図はその二校に分割され、東橋の入る隙はないといった感じだ。


 まさに、負け組には最適な場所だ。


「やっほー、さくら」


 私の名前を威勢よく呼んだのは、小学生以来の友達である、道原沙知(みちはらさち)だ。ミルクティーベージュのボブは高校の茶色寄りの制服とよく似合う。


「サチ、おはよー」

「クラス、見てきた?わたしとさくら、同じ1-3だったよ!」

「そうなの?」

「うん!だから今年一年も一緒ってこと!」

「あはは、腐れ縁だねぇ」


 私は沙知の勢いに押されながら適当な反応をとった。沙知にとっては本命の高校だったみたいだが、私にとっては逃げの一択だ。


「でもいいの?ここ陸上部ないみたいだけど」

「いいのいいの、近かったし」


 私たちはたわいもない会話を繰り返しながら、校門付近にあった机に足を運んだ。各々の名前が書かれた名札が五十音順に置かれている。


「か……か……あった。加賀美(かがみ)さくら」


 私は自分の名前を手に取った。折り紙による花が添えられており、まるでなにか受賞したような気分にさせられた。


 ――受賞……か。


 苦虫を噛み潰したかのような顔をする私を沙知が覗き込む。


「……やっぱり、あのこと気にしてる?」

「……ううん、気にしてない。行こ」


 周りの流れに沿うままに校舎に入り、上履きに履き替え、階段を登る。1-3は二階の廊下を少し進み、廊下の曲がり角を曲がる直前にあった。


 既に開けられているドアを通り抜けると、教室内は見知らぬ生徒で溢れかえっていた。


「うわっ、いっぱい」

「そりゃ入学式だし、早めに来るでしょ」


 朝礼まで時間はまだ十五分ほどあったが、席が全て埋まるほどの人がいた。中には他のクラスの人もいるみたいで、どこのクラスになったかの会話が雑談に混ざっている。


「席は……あそこか」


 黒板に貼られた席表を見るに、私の席は窓側の真ん中らしい。沙知はその後ろだ。


 私たちは人の波をかき分け、机の間を通り抜ける。前の中学校から最も近い高校なだけあり、見覚えのある生徒もちらほらいる。


「はぁ……」

「朝からため息多いよ?」

「なんか既にどっと疲れた」


 窓の外に広がる校庭に目をやる。二階ということもあり、住宅街に阻まれて遠くは見えない。かろうじて遠方に山がギリギリ見える程度だ。


 ――こんな穏やかな景色、見たくなかった。


 胸の奥がざわつく。理由はわからない。ただ、落ち着かない。


 沙知が後ろの席に鞄を置き、私の肩を軽くつついた。


「ほら、そんな顔してたら新生活うまくいかないよ?」

「うまくいかなくていいよ、別に」


 思ったよりも刺々しい声が出た。自分でも少し驚く。


「さくら……」


 沙知が何か言いかけた、その時だった。


 私のスマホが通知音を鳴らした。メールの音だ。


 なんだろ、と思いスカートのポケットから取り出す。


『差出人:Begdias メッセージ:Feeling bored? Let's survive.』


「レッツ……サバイブ……?」


 瞬間、空に、"亀裂"が走った。


 ピシッという音が耳を刺激する。


 亀裂は次々と広がり、青空に夜が展開されていく。


「え……なにあれ……」


 私は後ろを振り向いた。


「サチ……サチ?」


 視界に収まったサチは、全く動じていなかった。いや、動じていないのではない。


 ピクリとも、動いていない。


 周りのクラスメイトも同じだ。これだけの異常事態なのに、なにも反応を取らないどころか、微動だにしていない。


 ――一体、なにが……。


 刹那、私は自分の意思に反して空の割れ目に目が釘付けになった。


 意識が夜空に吸い込まれていく。光が逆流し、自分に突き刺さるかのように網膜に雪崩れ込む。


 その光の向こうに、誰かが見えた。顔も、男女かすら分からないけど。


 記憶の片隅にある、人間が。


「やっと、見つけた」

「誰!?」

「私を……」


 私は手を必死に伸ばした。掴めないのは分かっていたが、それでも掴まないといけない気がした。


 しかし。手が伸びかけた時、光は消えた。


 直後、視界に映ったのは、見慣れた街と、夜空と、空に浮かぶ星だった。

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