第8話:大悪魔、一秒で「背景」に消える
いよいよ来てしまった。原作中盤の山場、伝説の大悪魔ドルマゲドンの襲来だ。 本来なら、聖騎士団が総出で戦い、街はボロボロ、学園も半壊して、最後に主人公カイルが覚醒して追い払う……という一ヶ月に及ぶ泥沼の長期戦イベント。
だが、俺にとっては「一ヶ月も平穏が乱される大迷惑イベント」でしかなかった。
学園の空が、不吉な紫色の雲に覆われた。 バリバリと空間が裂ける音がして、そこから山ほども巨大な、禍々しい角を持つ悪魔――ドルマゲドンが姿を現す。
「ハハハ! 人間どもよ、恐怖せよ! 我こそは――」
「(……ねえロラン、来たわよ。どうするの? 王女様たち、もう広場で震えてるけど)」
物陰からアリスが小声で聞いてくる。隣ではミナが既に透明化状態でガタガタ震えていた。
「(……決まってるだろ。あんなのが一ヶ月も居座ったら、俺の『放課後昼寝スポット』がなくなる。一瞬で終わらせるぞ)」
広場では、カイルが聖剣を抜き、リュミエールが結界を張り、クラリス先生が騎士団を鼓舞している。
「みんな、諦めるな! この戦いは長く、険しいものになるだろうが――」
クラリスの演説の途中だった。 俺はアリスとミナに目配せをする。
「(……ミナ、風で『音』を消せ。アリス、熱水の『圧力』を一点に。俺が『距離』をゼロにする)」
「(……わ、わかりました! 『真空の防音壁』展開!)」 「(……『極限圧縮・お湯弾』準備完了!)」
俺たちは、誰も見ていない校舎の屋上から、同時に魔力を放った。 伝説の大悪魔が「我こそは――」と名乗りを上げ終える、その瞬間に。
ドンッ!!
音はしなかった。ミナが音を消したからだ。 光もしなかった。俺が視線を曲げたからだ。
ただ、ドルマゲドンが浮いていた空間が、一瞬だけ「1ミリ以下の点」に凝縮された。 アリスの超高圧熱水と、俺の重力圧縮が一点で交差した結果、そこには「太陽の表面温度」を超える超高密度の極小空間が発生したのだ。
「――は?」
ドルマゲドンは、自分が死んだことすら気づかなかっただろう。 巨大な体躯は、断末魔すら上げる間もなく、その「点」に吸い込まれて消滅した。 後に残ったのは、そよ風に吹かれて舞う、わずかな紫色のチリだけ。
「…………え?」
カイルが聖剣を構えたまま固まる。 リュミエールが呪文を唱えようとしたポーズで静止する。 クラリス先生が、振り上げた拳を下ろすタイミングを失って呆然としている。
「……消えた? 今、大悪魔が、出た瞬間に消えたわよね……?」
「……聖剣の導き……じゃないよな、これ。僕、まだ何もしてないし」
静まり返る学園広場。 空からは、何事もなかったかのように青空が覗き始めていた。
「(……ふぅ。危ねえ、あと1秒遅れてたら名乗りを聞かされるところだったぜ)」
「(……ねえロラン。今ので、本来一ヶ月続くはずだったシナリオが全部ゴミ箱に捨てられたんだけど、どう責任取るの?)」
「(……いいじゃねえか。これで明日から、また普通に授業をサボれるぞ)」
俺たちは、呆然と空を見上げる「主役たち」を尻目に、音もなく屋上から立ち去った。 伝説の大悪魔襲来イベント、所要時間:3秒。 こうして、世界で一番短い「聖魔大戦」は幕を閉じた。




