第7話:モブの修行は伝染する
「……ねえ、さっきからあの人、ずっとこっち見てるけど」
アリスが小声で俺の服の裾を引っぱる。 視線の先には、同じDクラスの女子生徒、ミナがいた。 小動物系というか、守ってあげたくなるような雰囲気の、いわゆる「クラスの可愛い担当」だ。ゲームでは主人公のパーティーに入ることもあった気がするが、今はまだただの「自信のない生徒」である。
「……あの! ロランくん、と、アリスさん!」
ミナが意を決したように駆け寄ってきた。両手をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤にしている。 そう、俺の名前はロラン。この世界では「名もなきモブ」の一人だが、一応名前はあるんだ。
「……何か用か、ミナ? 俺たち、今から『光の屈折と同化して消える』練習があるんだけど」
「あ、あのね……! さっきの演習、見てたの。クラリス先生の攻撃を、二人とも……その、魔法を使わずに避けてたでしょ?」
(……ゲェッ。見てるやつは見てるもんだな)
「私、才能がなくて……このままだと、次の試験で退学になっちゃうかもしれなくて。二人みたいに、地味だけど……でも、絶対に負けない方法を教えてほしいの!」
ミナの瞳には、涙が浮かんでいた。 俺は思った。……面倒くさい。 だが、このまま彼女が退学になれば、代わりに誰かがDクラスに補充される。それがメインキャラ候補だったらもっと面倒だ。それなら、彼女を「最強のモブ」に仕立て上げて、クラスの平均レベルをこっそり底上げした方が得策かもしれない。
「……いいだろう、ミナ。ただし、俺たちの修行は『教科書』とは正反対だ。いいか?」
「は、はい! よろしくお願いします、ロランくん!」
放課後・いつもの裏山
「まず、ミナの得意魔法は何だ?」
「えっと……『微風』です。洗濯物を乾かすくらいの、小さな風しか出せなくて……」
「風か。いいじゃねえか。アリス、あれを見せてやれ」
「え、私? ……もう、どうなっても知らないからね」
アリスが指先を立て、空中の「湿度」を操る。 すると、アリスの周囲にボコボコと沸騰した泡が浮かび、それがミナの『微風』に触れた瞬間、超高温の「熱核霧」へと変貌した。
「ひゃうっ!? な、何ですかこれ、熱い! でも、凄い威力……!」
「いいかミナ。風ってのは『物を運ぶ』ためにある。何を運ぶかが重要なんだ。例えば……そうだな、『音』を運んでみろ」
「音……ですか?」
「ああ。あっちで演習してるカイルたちの声を、この風に乗せてここに持ってきてみろ。……『聞く』んじゃない、音の振動を風の渦に閉じ込めるイメージだ」
ミナは素直に目を閉じ、風を操り始めた。 もともと出力が低い分、彼女の魔力制御は繊細だった。
数分後。 そよ風に乗って、1キロ先のカイルとリュミエール王女の「内緒話」が、まるで耳元でササヤいているかのようにクリアに聞こえてきた。
『……ねえカイル。最近、この山に変な気配を感じない?』 『ああ、僕もだ。まるで、巨大な何かが……背景に溶け込んでいるような……』
「……す、すごい! 全部聞こえます!」
「よし、次は応用だ。その風で『光』を曲げてみろ。自分に当たる光を、全部後ろに受け流すんだ。そうすれば、お前は誰からも見えなくなる」
「光を……曲げる……?」
「深く考えるな。風でカーテンを作る感じだ。ほら、やってみろ」
ミナは必死に風を練り上げる。 すると、彼女の姿が輪郭からじわじわと透けていき……最後には、完全に景色に溶け込んだ。
「……できた! 私、消えました!?」
「おう、完璧だ。これで明日から、クラリス先生に指名されても『そこには誰もいませんよ』っていうツラができるぞ」
「……ロランくん、ありがとうございます! 私、なんだか自信が出てきました! これで誰にも見つからずに、学園生活を過ごせます!」
ミナは透明な状態のまま、嬉しそうに飛び跳ねている。 その姿を見て、アリスが俺の脇腹を小突いた。
「……ねえ、あんた。これでまた一人、この世界の『バランス』を壊すバケモノを増やした自覚ある? あと、やっと名前で呼んであげたわね」
「何言ってるんだよ。あいつはただの『風のモブ』だ。少し影が薄くなっただけだろ」
俺は満足げに頷いた。 こうして、Dクラスにはまた一人、「存在しないはずの超実力者」が誕生したのだった。




