第6話:教育実習生は、モブの静寂(プライバシー)を許さない
「今日から一ヶ月、君たちのクラスの演習を担当することになった。聖騎士団所属の教育実習生、クラリス・フォン・ローゼンバーグだ。よろしく頼む」
教壇に立ったのは、燃えるような赤い髪をポニーテールにまとめた、凛々しい女騎士だった。 鎧の上からでもわかる抜群のプロポーション。腰には国宝級の魔剣。
(……出た。サブヒロインのクラリスさんだ)
彼女は正義感が強すぎて、ちょっとした「規律の乱れ」も見逃さない。 ゲーム内では、サボっている主人公を追いかけ回して、結局フラグが立つ……というお約束キャラなんだが。
「(……ねえ、あの人。さっきからこっちをじっと見てない?)」 「(……気のせいだろ。俺たちは今、さっきの用務員さんに倣って『風景の一部』になってるんだ。ただの椅子だと思え)」
俺とアリスは、教室の隅で極限まで存在感を薄めていた。 だが、クラリスは教壇を降りると、迷いのない足取りで俺たちの席まで歩いてきた。
「……君たち二人。名前は?」
「(……ゲェッ!?)」
俺は心の中で悲鳴を上げた。 こいつ、俺たちの「背景透過」を見破ってやがるのか?
「……出席番号32番です。特技は、呼吸を止めることです」 「……同じく33番のアリスです。特技は、お湯を適温で保つことです」
「そうか。……妙だな。君たちの周囲だけ、空気の密度が異常に均一すぎる。まるで、塵一つ存在することを許されていないような……そんな不自然な『清潔さ』を感じる」
(……マズい。さっきの清掃員さんの真似をして、分子レベルで空気を整列させすぎた!)
あまりに「完璧な背景」を目指しすぎた結果、逆に不自然な空間の歪みとして、一流の聖騎士である彼女に感知されてしまったらしい。
「面白い。今日の屋外演習、君たち二人は私の直轄グループに入ってもらう。徹底的に鍛え直してやろう」
「「えええええええ!!」」
裏山・演習場
「いいか、まずは基本の打ち込みだ! 私に一撃でも入れられたら、今日の訓練は終わりにしてやろう!」
クラリスが訓練用の木剣を構える。 周囲の生徒たちは、彼女の圧倒的なプレッシャーに腰を抜かしているが、俺とアリスにとっては別の意味で地獄だった。
「(……アリス、どうする。わざと負けるか?)」 「(……無理だよ! あの人、本気で打ち込んでくるもん! モブのふりして当たったら、普通に首の骨が折れるって!)」
「どうした、来ないのか! ならばこちらから行くぞ!」
クラリスが地面を蹴る。聖騎士の「瞬歩」だ。 だが、俺の目には彼女の動きがスローモーションに見えていた。
(……遅い。あと、踏み込みが甘いな。あそこで右足の魔力をあと3%カットすれば、もっと重心が安定するのに)
「……はあッ!!」
振り下ろされた木剣。 俺は「モブらしく慌てて転ぶ」ふりをしながら、コンマ数ミリの差で剣筋をかわした。 ついでに、彼女が転ばないように、足元の石ころを指先ビーム(出力0.0001%)で粉砕して平らにしてやる。
「なっ……!? 今、確実に捉えたはずが……滑った? 砂利に足を取られたというのか!?」
「あ、痛てて……。すみません、足がもつれちゃって」
俺は地面でわざとらしくのたうち回る。 一方のアリスも、飛んできたクラリスの追撃を「お湯を沸かすポーズ」でうっかり受け流し、彼女の剣の熱量を一瞬で吸い取って刀身をボロボロに劣化させていた。
「……嘘でしょう? 私の魔力供給を、生活魔法の概念で相殺したの……!?」
クラリスの目が、教育実習生のそれではなく、獲物を見つけた「狩人」のそれに変わった。
「面白い……! やはり君たちは、ただのモブではないな。隠された才能を私が引き出してやる! さあ、次は魔法戦だ! 全力で来い!」
「(……終わった。これ、完全に目をつけられたわ)」 「(……あんたのせいだからね。絶対あんたのせいだからね……!)」
俺たちの平穏な背景生活に、ついに「教育という名の熱血」が襲いかかろうとしていた。




