第4話:極まったモブは、概念すら置き去りにする
「……ねえ、何してるの? それ」
アリスが指差す先で、俺は空中に浮かべた「水球」をじっと見つめていた。 ただの水じゃない。魔力で極限まで密度を高めた結果、黒光りして周囲の光を歪ませている。
「いや、ただの圧縮の練習だよ。もっと小さく、もっと重く……ってやってたら、なんか周りの景色が吸い込まれ始めたんだよな」
「それ、ブラックホールって言うんじゃないの!? 止めなよ、世界が滅んじゃうでしょ!」
「大丈夫だって、ちょっと『これ以上吸い込むな』って命令してるから。それよりアリス、次は『距離』をいじってみようぜ」
「距離……?」
俺は一歩、足を前に出した。 普通なら30センチほど進むはずのその一歩で、俺の体は一瞬で100メートル先の崖の向こう側に移動していた。
「……は?」
「あっちに行きたいなーって思って、地面を『ギュッ』と縮めたんだ。名付けて『縮地』。これなら朝寝坊しても教室まで一瞬だぞ」
「……あんた、それ『空間転移』の最上位魔法じゃない。それを寝坊のために使うやつがあるか!」
アリスが叫ぶが、俺の特訓は止まらない。 次は「存在感」の制御だ。
「アリス、俺を殴ってみろ。本気でだ」
「いいの? さっきの全自動防壁で返り討ちにされない?」
「今回は防壁じゃない。ただ、俺のことを『そこにいない』と思い込んでくれ」
アリスが半信半疑で、魔力で強化した拳を俺の胸に叩きつける。 だが、その拳は俺の体をすり抜け、空を切った。
「え……? 手応えがない……。幽霊になったの?」
「違う。俺の存在を、この世界の『レイヤー』から0.01ミリだけずらしたんだ。名付けて**『背景・レイヤー』**。これなら物理攻撃も魔法も、全部空振りだ」
「……もう、意味がわかんない。ねえ、私たち本当にモブなの? ラスボスより強くない?」
「バカ言え。俺たちは名もなき生徒AとBだ。ラスボスはもっと派手な演出で出てくるもんだろ? 俺たちの魔法は全部『地味』だからセーフだ」
その時、森の奥からけたたましい爆音と、女子の悲鳴が聞こえてきた。 リュミエール王女の声だ。
「助けて、カイル様! この魔物、魔法が効かないわ!」
見れば、学園の演習範囲外から迷い込んだらしい、Aランク指定の凶悪な魔獣『グランド・ゴーレム』が暴れていた。カイルが剣を振るうが、岩の体には傷一つ付かない。
「(……ちっ、面倒なことになったな。あいつらがやられると、後で学園中が大騒ぎになって調査が入る。そうすると俺たちの特訓場がバレるな)」
「(……ねえ、助けるの? それとも逃げる?)」
「(……助けない。けど、**『邪魔』**は排除する。アリス、あれをやろう。特訓の成果だ)」
俺とアリスは、互いの手を握った。 モブ二人の魔力が合わさり、とんでもない密度の「無色」のエネルギーが生まれる。
「生活魔法・出力最大――『お湯』」 「……の、温度だけを抽出して、あいつの内部に**『直接固定』**する」
俺が指をパチンと鳴らした。 次の瞬間、ゴーレムの巨体が内側から真っ赤に白熱し、一瞬で蒸発して消えた。 爆発も、衝撃もない。ただ、そこにあったはずの巨大な質量の物体が、一瞬で「なかったこと」になったのだ。
「……え? どこに行ったの? 魔獣が……消えた?」
呆然とする王女たちを尻目に、俺たちは**『背景・レイヤー』**を維持したまま、音もなくその場を立ち去った。
「ふう、危なかったぜ。今日の晩飯、ハンバーグらしいから急ごう」 「……あんた、今の絶対『神の裁き』とか呼ばれるやつだよ。自覚しなよ、マジで」
俺たちは夕暮れの学園へと、あくまで「背景」として溶け込んでいった。




