第38話:VS 幻惑のルナ ~お湯が暴く、悪夢の正体~
「兄様、少し疲れました。この女、中身が空っぽすぎて『無効化』する手応えすらありません。……アリス、あとは貴女に任せます。私は兄様の肩を揉む仕事に戻りますので」
「ちょっと、フィオナ!? 投げ出し方が雑すぎない!?」
裏山のいつもの岩陰。三人目の四天王、「幻惑のルナ」が、妖艶な薄衣を纏いながら、学園全体に広がる巨大な幻覚の霧を発生させていた。
「ふふふ……。この霧を吸った者は、己の心の奥底にある『最も恐ろしい悪夢』に苛まれ、精神を崩壊させる……。さあ、絶望の中で踊りなさい!」
ルナの宣言と共に、学園のあちこちで「留年が確定した!」「メロンパンが売り切れた!」という絶望の叫び声が上がる。 だが、その霧が俺たちのいる岩陰に流れ込んできた瞬間――。
「(……ねえロラン、この霧、ちょっと湿っぽくない? お肌に悪いわよ)」 アリスが不機嫌そうに、愛用のヤカンを火にかけた。
「(……ロランくん、ルナさんが『なんであいつら笑ってるの!?』って顔でこっち見てるよ……)」 ミナが透明化したまま、ルナの混乱っぷりを実況する。
俺に至っては、霧の中に「モブすぎて誰にも気づかれず、卒業アルバムに写真が載らない」という悪夢(俺にとってはご褒美)が見えかけたが、あまりに淡白すぎて霧の方が勝手に消滅していった。
アリス、沸騰する
「……フィオナに押し付けられたし、兄様の平穏も邪魔されたし……。私、今、すっごく沸いてるわよ!」
アリスがヤカンを天に掲げた。 「悪夢なんて、熱いお湯で洗い流してあげるわ! 『超高温・全方位殺菌スチーム』!!」
シュゴォォォォ!! という凄まじい音と共に、学園を覆っていた紫の霧が、アリスの放つ聖なる(物理的に熱すぎる)蒸気によって一瞬で蒸発していく。
「なっ、私の幻惑の霧が……ただの湯気で!? ぎゃあああ! 熱い! 顔がふやける! 湿気がすごすぎて髪の毛がうねるぅぅぅ!!」
「美肌効果もあるから感謝なさい! ついでにその薄汚い精神も煮沸消毒してあげるわ!」
アリスの容赦ない追い打ち。 熱風と湿気の波に飲み込まれたルナは、自慢の幻術を使う余裕もなく、「サウナはもう嫌ぁぁぁ!」と叫びながら、ゆでダコのように真っ赤になって転げ回った。
モブ、静かに見守る
「……すごいな、アリス。あいつ、四天王を『ただの不衛生な汚れ』扱いして掃除しちまったぞ」
俺は、フィオナに肩を揉まれながら、茹で上がった四天王ルナが、通りがかった騎士団に「保健所に連れていけ」と保護される様子を眺めていた。
「兄様、アリスもそれなりに役に立ちますね。……でも、私の肩揉みの方が心地よいですよね?」
「(……ああ、そうだな。……でもフィオナ、力加減間違えて俺の肩甲骨がミシミシ言ってるんだけど)」
三人目の四天王は、悪夢を見せる前に「物理的な熱気」に敗北するという、美容の敵のような最後を迎えたのだった。




