第34話:聖母の嫉妬、影を暴く
「……兄様、少し耳を貸してください。最近、あの影の薄い小娘が、王国の裏社会で『白き影』などと持て囃されているそうですね?」
裏山でパンを食べていた俺の背後に、氷点下の殺気を纏ったフィオナが立っていた。その手には、諜報部員が落としたと思われる「ミナ様・隠密教本(極秘)」が握りしめられている。
「フィオナ、落ち着け。ミナはただ、お昼寝の場所を確保しようとして諜報部に絡まれただけなんだ」
「……兄様の影は、この私だけで十分です。それなのに、あんな頼りない風使いに『影の頂点』の称号を奪われるなど、モール家の名が廃ります」
フィオナの瞳に、兄への独占欲とライバル心が混ざり合った、かつてないほど危険な火が灯った。 彼女はそのまま、王家直属諜報部「影の鴉」の本部へと、正面から堂々と(物理的に壁を壊して)乗り込んだ。
諜報部本部:静寂の蹂躙
「止まれ! ここは王国の最重要機密——」
「……うるさいです。私の兄様の影に相応しいのは誰か、分からせてあげます」
フィオナが軽く指を鳴らすと、本部全域に「強制可視化」の魔力が吹き荒れた。 隠れていたスパイたちの光学迷彩が剥がれ、天井裏や床下に潜んでいた手練れたちが、次々とボロボロと畳の上に転がり落ちる。
「なっ!? 我が部隊の究極隠密が、ただの魔圧で……ッ!」
「隠れるから見つかるのです。存在そのものを『無』として定義しなさい。……例えば、こうです」
フィオナがその場から消えた。 ミナのような「気配の遮断」ではない。彼女は自らの存在を周囲の認識から「最初からいなかったこと」として強制的にキャンセルしたのだ。 隊長が冷や汗を流しながら辺りを見渡すが、フィオナの姿はどこにもない。だが、彼の首筋には冷たい剣の感触が。
「……気づきましたか? これが私の『影』です」
「(……ロラン、あの子。ミナに対抗して、自分の魔力を『認識阻害』に特化させ始めちゃったわよ。もう誰も勝てないわ、あの身内喧嘩)」 アリスが遠くから望遠鏡で眺め、呆れ果てたようにヤカンを置いた。
ミナ、困惑の「影の頂点」
「……あの、フィオナちゃん。私、別に影の頂点になりたいわけじゃなくて……。お昼寝がしたいだけなんだけど……」
そこに、諜報部員に「隠密の極意(ただの昼寝術)」を教えていたミナが、おどおどしながら現れた。
「ミナ。あなたには負けません。兄様の隣で、誰よりも目立たず、かつ誰よりも完璧に不届き者を消すのは、この私です!」
「……えぇ……。じゃあ、私は二番目でもいいよ……?」
「それも許しません! 二番目ということは、私が油断した隙に兄様に近づく可能性があるということでしょう!」
(……理屈がめちゃくちゃだよ、フィオナ……!)
結局、諜報部は「気配遮断の天才」と「認識改竄の怪物」という二大巨頭の板挟みに遭い、その日のうちに組織の体制が崩壊。 部員たちは「隠密とは何か」という哲学的な迷宮に迷い込み、全員が修行のために山へ籠もるという事態に発展した。
俺の平穏を守るための影たちが、お互いを意識しすぎるあまり、王国の裏社会を完全に更地にしてしまった。




