第33話:透明な少女と、見えない諜報部
「……おかしいわね。あのDクラスの男子生徒、視界に入っているはずなのに、瞬きをするたびに存在の輪郭がボヤけるわ」
学園の校舎裏、高度な光学迷彩を纏った王家諜報部のエリートたちが、俺、ロランを遠距離から観測していた。
フィオナが王家直属騎士団を蹴った際に放った「兄を敬え」という言葉。それが引き金となり、王都最高峰のスパイ集団が動き出した。 だが、彼らが目撃したのは、究極の「無」だった。
俺は徹底していた。歩く速度は群衆の平均値に合わせ、会話の内容は天気の話題のみ。さらに、アリスに頼んで俺の周囲にだけ「退屈な波動(飽和蒸気)」を漂わせてもらっていた。
「ダメです、隊長。彼の行動には一切の意図がありません。……これは、熟練の工作員ですら不可能な『完璧な一般人』の演技です!」 「恐ろしい男だ……。存在しないことで存在を証明しているというのか……」
諜報部が俺の「底知れぬ(何もない)深淵」に戦慄していた、その時だ。
「……あの、すみません。そこ、私の特等席なんですけど……どいてもらえませんか?」
諜報部員たちの背後。光学迷彩の結界をすり抜け、彼らの肩をトントンと叩く少女がいた。 ……ミナだ。
「なっ!? 貴様、いつからそこに……我々の探知を抜けて背後を取るだと!?」
「えっ……? あ、普通に歩いてきただけなんですけど……。私、影が薄いから、みんな気づかないことが多くて」
ミナは困ったように微笑む。 だが、諜報部員たちの目には、彼女が「最高難度の隠密スキル」を無造作に使いこなす伝説のくのいちに見えていた。
「(……ロランくん、ごめん。お昼寝しようと思ったら、変な服の人たちがいっぱいいて……)」 「(……ミナ、お前。よりによって、一番関わっちゃいけない連中に見つかったな)」
俺は岩陰で頭を抱えた。
「素晴らしい……! あのロランという男、これほどの使い手を『背景』として従えているのか! 我が諜報部でも、彼女ほどの気配の消し方は見たことがないぞ!」 隊長は感動に震え、その場でミナに勧誘を申し出た。
「娘よ! 王家直属諜報部『影の鴉』の特別顧問として、我々に隠密の極意を教えてくれないか! 君なら、この国の『影』の頂点に立てる!」
「ええっ!? い、嫌です! 私、ただのDクラスのミナです! 影の鴉なんて、名前からして怖そうだし……!」
ミナが慌てて逃げ出そうとするが、その逃げる足取りすらも「音も残さず重力すら感じさせない神速の歩法」として諜報部員たちの脳内に刻まれてしまった。
こうして、俺の正体を掴みに来た諜報部は、なぜか「ミナという最強の隠密(自覚なし)」に心酔。 ミナは本人の意思とは裏腹に、王国の裏社会で「白き影の暗殺者」という二つ名で伝説になり始めていた。




