第32話:最強の妹、キャリアアップより「兄の隣」を選ぶ
「兄様、少しお時間を。……実は今日、王家直属騎士団の使者が来まして、私をスカウトしたいと申し出てきたのです」
裏山でいつものように、俺が隠しておいた特製パンを分け合っている時、フィオナが何でもないことのように爆弾発言を落とした。
「王家直属……だと? それって騎士の最高峰、エリート中のエリートじゃないか!」
俺は驚いてパンを喉に詰まらせかけた。 王家直属騎士団。それは国王の盾となり、国家の存亡に関わる極秘任務や、国境を越えた魔物討伐を担う精鋭集団だ。
「ええ。団長自らがやってきて、『君の才能はこの国だけに留まるべきではない。共に世界の平穏を守ろう』とか何とか、熱心に口説かれました」
「(……ロラン、それってすごい出世じゃない! フィオナがいなくなれば、あんたの平穏もようやくマジで戻ってくるわよ!)」 アリスが「ついにチャンスが来た!」と言わんばかりの顔で俺の背中を叩く。
「(……うん、王家直属なら遠征ばっかりで、学園には滅多に帰ってこられないもんね。ロランくん、これで『背景』に戻れるよ!)」 ミナも、透明化が解けかけるほど期待に胸を膨らませている。
だが、フィオナの次の言葉が、俺たちの希望を無惨に打ち砕いた。
「——ですので、即座に、かつ徹底的に断っておきました」
「な、なんでだよ!? お前の『掌握修行』には最高のステージだろ!」
俺が叫ぶと、フィオナは心底不思議そうな顔で、俺の手をギュッと握りしめた。
「何をおっしゃるのですか、兄様。王家直属になれば、年間の半分以上は国外への遠征……。そうなれば、兄様の身の回りの世話もできず、兄様に害なす害虫(モブ以外)を駆除することも叶いません。兄様と離れるくらいなら、私は一生、この学園の冴えない騎士団員で構いません」
「(……重い。愛が物理的に重いぞ、フィオナ……!)」
彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。 世界を救う名誉よりも、兄の隣で「背景」を守るという、狂気じみた献身。
「それに、団長にははっきり伝えました。『私を動かしたければ、まずは私の兄を国王以上に敬うことから始めてください』と」
「……お前、なんてことを……!」
「団長は青い顔をして帰っていきました。……ふふ、これでまた兄様との時間が確保できましたね」
フィオナの笑顔は聖母のように慈愛に満ちていたが、その背後では「妹に溺愛される謎の兄」を調査しようとする王家諜報部の影が動き出していた。
俺のモブ生活を守るために放った妹が、今や俺を「国家レベルの要注意人物」に押し上げようとしている。
「……アリス、ミナ。俺、やっぱりもう一度だけ、アルの神殿に逃げ込んでいいか?」
「……無駄よ。あの子、あんたの匂いだけで王国の果てまで追ってくるわよ」
俺たちは、もはや「断る」という選択肢すら兄への愛に変換してしまう最強の妹を前に、ただ天を仰ぐしかなかった。




