第3話:魔法の極致は「手抜き」にある
「いいかアリス。魔法の詠唱なんて、敵に『今からこれを撃ちまーす!』って宣伝してるようなもんだ。ダサいし、何より時間の無駄だ」
俺は裏山の切り株に座り、お気楽にそう告げた。 隣では、アリスが「圧縮熱水弾」の反動で痺れた指をさすっている。
「でも、詠唱しないと魔力の形が安定しないって先生が……」
「それは先生たちが想像力不足なんだよ。ほら、見てろ」
俺は地面に落ちていた枯れ葉を一枚拾い、空中に放り投げた。 普通ならここで『風よ、刃となれ』とか何とか言うんだろうが、俺はただ「……切れ」とだけ念じた。
シュンッ。
枯れ葉は火花も風の音もなく、空中で16等分に切り刻まれて散った。
「今のは……さっきの指ビーム?」
「いや、今度は指も使ってない。視界に入った魔力を、直接『切れる刃』に変えただけだ。名付けて『視線・キラー』。これならパンを食いながらでも敵を倒せる」
「……あんた、それ本当にモブがやっていい精度の魔法じゃないからね?」
アリスが呆れているが、俺からすればこれは「手抜き」の極致だ。 さらに俺は、魔法のさらなる極致――「自動化」に手を出した。
「次はこれだ。アリス、俺に向かって全力でその熱水弾を撃ってみてくれ」
「えっ、死んじゃうよ!?」
「大丈夫、ちょっと試したいことがあってさ。ほら、来いよ」
アリスは「知らないからね!」と叫びながら、指先から超高圧の熱水を放った。 音速を超えるその一撃が、俺の眉間に着弾する――。
キィィィィィィン!
着弾の瞬間、俺の顔の数センチ手前で、幾何学模様の魔法陣が勝手に展開し、熱水を霧散させた。
「……はえ?」
アリスが口をあんぐりと開けて固まる。
「これだよ、これ。魔力を常に薄い膜みたいに全身に纏わせておいて、衝撃が来た瞬間にだけ勝手に硬化するように設定しておいた。名付けて『全自動・防壁』。寝てても死なない優れものだ」
「……それ、設定するのにどれだけ細かい魔力制御が必要だと思ってるの? 普通は一生かけてやるやつだよ?」
「そうなのか? ずっと『蚊が来たら叩く』みたいなイメージを自分にかけてたら、勝手にできるようになったぞ」
俺はあくびをしながら立ち上がった。 深く考えると頭が痛くなるが、「不快なものを弾く」という本能に魔力を直結させれば、意外と簡単に自動化できるのだ。
「よし、アリス。仕上げだ。最後は……『重力』だ」
「重力……? そんなの、禁忌魔法のカテゴリーじゃ――」
「難しく考えるな。『地面がもっと自分を好きになって、強く抱きしめてくる』って思うだけだ」
俺が地面を軽く踏むと、周囲10メートル一帯の重力が一瞬で10倍に跳ね上がった。 ドゴォォォォン!! と地面が陥没し、周囲の木々が耐えきれずにへし折れる。
「……あ、やりすぎた」
やりすぎた。これでは目立ってしまう。 俺は慌てて魔力を霧散させ、アリスを抱えて木陰に隠れた。
その直後。
「今の衝撃は何!? 近くに巨大な魔獣でもいるの!?」
案の定、演習中のリュミエール王女とカイルたちが、砂煙を上げてこちらに走ってくるのが見えた。
「(……逃げるぞアリス。背景透過最大出力だ!)」 「(……もう嫌。私、絶対いつかあんたのせいで憲兵隊に捕まる気がする……っ!)」
俺たちは完璧な「ただの岩」になりきり、王女様の美しい靴がすぐ横を通り過ぎるのを、息を殺して見守るのだった。




