第19話:神の降臨、あるいは狂信の始まり
「……おいロラン、あそこを見て。学園の廊下が、物理的に『眩しくて』通れないわよ」
アリスが指差す先には、かつて見たことがない異様な光景が広がっていた。
生徒会室から出てきたアルは、死ぬほど申し訳なさそうな顔で歩いていた。だが、その後ろには、武装した女子生徒たちが一糸乱れぬ動きで隊列を組んで続いている。
「アル様! 本日の日差しは少々強すぎます、私が影を作りましょう!」 「アル様! 廊下の塵が舞い上がっております、私が真空魔法で清浄化を!」
その数、およそ70人。DクラスからAクラスまで、全クラスから選りすぐられた「面食い」たちが、アルの(無自覚な)神々しさに心酔し、勝手に集結していたのだ。
そして、その先頭で一際高い志を掲げて剣を振っているのは――。
「いいか貴様ら! アル殿は歩く芸術だ! その一歩一歩が学園の歴史に刻まれる聖蹟であることを忘れるな! 瞬き一つ、呼吸一つ、粗相のないように守護せよ!」
「(……ロラン、あれ……クラリス先生よね?)」 「(……ああ。聖騎士団の誇りはどこへ行ったんだよ)」
教育実習生であり、硬派な武人として知られていたクラリスが、今や「アルセウス親衛隊・隊長」として、一番熱狂的に指揮を執っていた。彼女は極度の面食いという裏設定があったが、アルという「究極の造形」を前にして、ついに理性が消し飛んだらしい。
「あ、ロランくん……! 助けて、助けてぇ……!」
親衛隊の包囲網の中から、アルが消え入りそうな声で俺に助けを求める。 だが、俺が近づこうとした瞬間、クラリスの鋭い視線が俺を射抜いた。
「止まれ、モブ生徒! これよりアル殿は、生徒会室にて聖なる昼食を摂られる。一般生徒の立ち入りは禁ずる!」
「いや、先生。俺たち、昼飯のパン一緒に食う約束してて……」
「却下だ! アル殿の食事風景は国宝級! 君のような地味な男が隣にいては、背景のコントラストが崩れるだろうが!」
(……こいつ、言いたい放題だな。俺、一応『背景』としてはプロなんだけど)
アリスが溜息をつき、お湯を沸かすポーズ(威嚇)をとった。 「……ロラン。これ、もう『記憶改竄』とかでどうにかなるレベルじゃないわね。アル自体の存在が、周囲の脳を焼き尽くしてるわ」
「ミナ、お前のステルスでアルを連れ出せないか?」
「……無理だよ。あの70人の殺気が凄すぎて、近づいたら私の風の結界ごと切り刻まれちゃう……」
アルは、親衛隊に担ぎ上げられるようにして、後光を撒き散らしながら連れて行かれた。 それはまるで、宗教画がそのまま歩いているかのような地獄絵図だった。
「……よし。ロラン、作戦変更よ。アルを『ブサイク』に見せる魔法、開発しましょう」 「……いや、あいつの顔面偏差値は因果律レベルだ。整形魔法も『無効』されちまう。……こうなったら、学園中に『アルは実在しない幻だ』っていう噂を流すしかない……!」
俺たちの平穏は、アルの「美貌」という名の暴力によって、今、完全に崩壊しようとしていた。




