第17話:神の名を捨てた、ある家族の再出発
「アル、よかったな。みんな無事だぞ」
目の前には、腰を抜かして座り込みながらも、お互いの無事を確認して抱き合うアルの家族の姿があった。
アルの家族は、特別な力を持つわけではない、ごく普通の村人たちだった。 優しそうな顔に深く刻まれたシワが、彼らがどれほど懸命に、そして理不尽な恐怖に怯えながら生きてきたかを物語っている。
「アル……アルなのかい? おお、無事だったのか……!」
震える手でアルを抱きしめるのは、白髪混じりの父親と、涙で顔をくしゃくしゃにした母親だ。 彼らにとってアルは「創造主の化身」でも「四天王」でもない。ただの、少し魔力が強くて、それゆえに苦労ばかりさせてしまった自慢の息子なのだ。
「……父さん、母さん。ごめん、僕のせいで……」
「何を言ってるんだ。お前が生きていてくれたなら、それだけでいいんだよ」
その光景を少し離れたところから眺めながら、俺はアリスとミナに声をかけた。
「さて、感動の再会中に悪いが、後片付けだ。ブラスタ様に連絡は?」
「とっくにしてあるわよ。あのおじいちゃん、『面白そうな案件じゃな』って二つ返事で快諾してくれたわ。今頃、この村一帯の『概念』を書き換える準備をしてるはずよ」
アリスが呆れたように、空を見上げて言った。
「……ミナ、村の周りの風はどうだ?」
「……うん、完璧。魔王軍の残党が近づけないように、ここを通る風は全部『目的地を見失わせる』ようにしておいたよ。あと、音を遮断して、ここが平和な日常に戻ったって錯覚させる膜も張ったよ」
「よし。これでこの家族は、今日から『どこにでもいる、ちょっとパン作りが上手な農家の一家』として、静かに暮らせるわけだ」
俺たちがアルに提供できる最大の贈り物は、最強の武器でも、神としての地位でもない。 「誰にも注目されない、ありふれた幸せ」。それだけだ。
アルが家族と一通り話し終え、こちらに歩み寄ってくる。 その目には、もう世界の終わりを願うような暗い色はなかった。
「……ロラン、アリス、ミナ。……ありがとう。僕、この名前と一緒に、過去を全部捨てるよ。……これからは、ただの『アル』として、君たちの後ろに隠れさせてほしい」
「ああ。歓迎するよ、アル。……さて、長居してるとカイルたちが異変に気づいてやってくるかもしれない。とっとと学園に帰って、サボりの続きをしようぜ」
俺たちは夕闇に包まれる村を背に、再び転移門をくぐった。 アルの家族が振る手の先には、ただの穏やかな、何の変哲もない農村の風景が広がっていた。




