第16話:四天王、転職してモブになる
「……アル、お前。その名前、実は聞き覚えがあるんだよな」
俺は、前世でプレイしたギャルゲーの資料設定を必死に思い出していた。 確か、魔王軍の四天王に一人だけ元人間で『自身の魔力を嫌い、すべてを無に帰そうとする虚無の魔将』がいたはずだ。その名は――。
「アルセウス……お前の家族が人質にされてるのか?」
「……僕ら家族が、魔王軍に狙われてる。僕を四天王として差し出さないなら、村ごと消すって……ッ!」
アルの瞳から穏やかさが消え、どす黒い絶望が溢れ出す。 原作のアルセウスが闇堕ちした真の理由。それは、あまりに強大すぎる「創造」の魔力を魔王軍に目をつけられ、愛する者たちを人質に取られたことだった。
すべてを奪われ、絶望の果てに「神」として世界を無に帰そうとした悲劇の怪物。それが本来の彼の運命だ。
「……僕が行けば、あいつらは満足する。……さよなら、ロラン。楽しかったよ、束の間の『モブ』ごっこ」
アルが自嘲気味に笑い、転移門を開こうとする。 だが、その肩を俺の「分子レベルで強化した手」がガシッと掴んだ。
「待てよ、アル。一人で何しに行くんだ。魔王軍に入って、言われた通り世界を消して、それで家族が笑うと思ってんのか?」
「……じゃあどうすればいいんだよ! 僕は、僕の名前が、この力が憎いんだ! これがあるせいでみんな死ぬんだ!!」
アルが叫び、周囲の空間がミシミシと軋む。 俺は溜息をついて、アリスとミナを見た。
「アリス、ミナ。……悪い。ちょっと『背景』から外れるわ」
「……何よ、今更。あんな絶望してる友達、放っておけるわけないでしょ。……お湯、沸かしてくるわ」
アリスの瞳には、いつもの皮肉ではなく、鋭い殺意が宿っている。
「……私も。音も風も消して、みんなをあそこまで運ぶよ。……友達だもん」
ミナも、透明化の極致にありながら、その存在感をかつてないほど強く燃え上がらせていた。
「よし。アル、前を見ろ。……お前は『創造主』なんかじゃねえ。俺たちと一緒にサボるDクラスの『アル』だ。……自分の名前を呪う前に、俺たちと一緒に『邪魔な現実』を書き換えてこい」
俺たちはアルの転移門に無理やり飛び込んだ。
魔王軍・先行略奪部隊のキャンプ
「ハハハ! 鳴け、喚け! アルセウスを連れてこぬ限り、一人ずつ首を――」
家族の喉元に刃を突き立て、笑い転げる魔王軍の幹部ゼノス。 だが、彼の笑いは、背後に現れた「三人のモブ」によって凍りついた。
「……あ? 何だ貴様ら、学生風情が――」
「アリス、ミナ、やれ」
俺の合図と同時に、世界が変貌した。
ミナが音を消した。悲鳴も、爆音も、風の音すらも。 アリスが空気を圧縮した。摂氏3000度の超高温水蒸気が、一瞬で魔王軍の鎧を「蒸発」させる。 そして俺は、彼らの周囲の重力を「ゼロ」から「100倍」へ一瞬で叩きつけた。
「が……はっ!?」
ゼノスが、自分が何に攻撃されたかも分からず、ただの肉塊となって地面にめり込む。 俺はアルの家族を、空間転移で安全圏へと弾き出した。
「……アル、仕上げだ。お前の『無』は、家族を消すためのもんじゃない」
俺に背中を押され、アルが震える手で指をパチンと鳴らした。
「…………『無効』!!」
彼を縛っていた運命、魔王軍の部隊、そして家族に向けられた殺意――そのすべてが、音もなく白い光の中に消え去った。
後に残ったのは、静まり返った村の広場と、無傷で震えるアルの家族だけだった。
「…………助かった……のか?」
アルが呆然と呟く。俺は彼の頭をパシッと叩いた。
「当たり前だろ。……よし、家族の安全は確保した。あとはブラスタ様に頼んで、この村ごと『存在しない』ように記憶処理(モブ化)してもらおうぜ」
アルは泣きながら俺にしがみついた。 四天王としての未来は、ここで完全に潰えた。 残ったのは、ただの泣き虫な白髪の少年と、その世話を焼く地味な仲間たちだけだった。




