第10話:隠密モブ vs 暴きの大賢者
「……おいロラン。なんか、ヤバいじいさんが門のところに立ってるんだけど」
アリスが震える声で俺の袖を引いた。 見れば、クラリス先生の隣に、ぼろぼろのローブを着た小柄な老人が立っていた。
腰は曲がっているが、その眼光は鋭い。というか、歩くたびに周囲の魔素が「ひれ伏している」のが視覚的にわかるレベルだ。
(……ゲェッ! 隠しキャラの『大賢者ブラスタ』じゃねえか!)
ゲーム内では、カイルの究極魔法を解放するためだけに現れる、いわゆる「生ける伝説」。一国の魔導師団が束になっても勝てない、この世界における「魔法のバグ」みたいな存在だ。
「……クラリスよ。こんな場所に、わしを驚かせるような『異物』がいると言うのか?」
「はい、ブラスタ様。先日の合同演習、そして大悪魔の消滅……。すべてが不自然なのです。特にDクラスのあやつらは……」
クラリス先生が俺の方を指差す。 俺は慌てて、教科書を逆さまに読む「勉強できないモブ」の演技に集中した。
「(……ミナ、アリス。今すぐ全魔力を内側に封印しろ! 毛穴一つからでも漏らしたら、あのじいさんに見抜かれるぞ!)」
俺たちは、伝説の清掃員さんの動きを思い出し、自分たちを「ただの空気」へと変貌させた。
ブラスタはゆっくりと俺たちの前まで歩いてくると、鼻をクンクンと鳴らした。
「……ふむ。魔力は感じぬな。むしろ、このガキどもの周りだけ、魔力が欠落しておる。……おい、お前」
「は、はい! 何でしょうか、偉そうなじいさん!」
俺はあえて、礼儀を知らない「アホなモブ」を演じた。
「……お前の影だ。なぜ影の輪郭が、太陽の動きと0.001ミリの狂いもなく同期しておる?」
「(……しまっ、計算通りに影を投影しすぎた!)」
「……さらにそっちの娘。服のシワが一本も増えんのはなぜだ? 魔力で形状を固定しておるな?」
アリスが「ひっ」と短い悲鳴を上げる。 大賢者の眼力は、俺たちが「完璧なモブ」であろうとして作り上げた『不自然なほどの完璧さ』を、次々と暴いていく。
「……面白い。クラリス、わしが少し『掃除』をしてやろう」
ブラスタが杖を軽く地面に突いた。 瞬間、俺たちの足元から、世界そのものを剥ぎ取るような究極の解呪魔法『真実の残響』が放たれた。 変装、隠蔽、結界――あらゆる「偽り」を強制解除し、その正体を晒させる魔法だ。
「(……やべえ! まともに食らったら、俺のレイヤー移動も、アリスの加圧魔法も全部バレて、この学園に居場所がなくなる!)」
俺はコンマ1秒で判断した。 「解呪」される前に、「解呪そのもの」をモブっぽく処理するしかない。
「(……アリス、ミナ! 合わせろ!)」
俺はブラスタの解呪魔法が俺たちに触れる直前、自分たちの魔力波形を「そこらへんの雑草」と同じ周波数に書き換えた。
結果。 ブラスタの放った伝説級の魔法は、俺たちの体をすり抜け、背後の花壇に直撃。 ……雑草だけが、ものすごい勢いで美しく開花した。
「…………は?」
ブラスタが、生まれて初めて見るものを見るような顔で固まった。
「……じいさん、すごいっすね! 魔法で花を咲かせるなんて、園芸部に向いてるんじゃないですか?」
俺はヘラヘラと笑いながら、鼻をほじるふりをした。
「……わしの『真実の残響』を……雑草の成長に変換しただと……? そんな、そんなバカなことが……」
「ブラスタ様? いかがなさいましたか?」
「……いや……わからぬ。わしには、こやつらが『ただのバカ』なのか、『神の領域にいる何か』なのか、判別がつかぬ……」
伝説の大賢者が、杖を震わせながらその場にへたり込んだ。 どうやら、あまりに高度すぎる「モブの偽装」は、世界の頂点に立つ者ですら、脳の処理限界を突破させてしまうらしい。
「あーあ、先生。じいさん疲れちゃってるみたいですよ? 早く保健室連れてってあげなよ」
俺たちは、混乱する大賢者を尻目に、堂々と「バカな生徒」としてその場を立ち去ることに成功したのだった。




