モブは背景に徹したい
「……よし、今日も俺の顔は薄いな」
朝、寮のひび割れた鏡を見て、俺は満足げに頷いた。 どこにでもいる茶髪、どこにでもいる三白眼、そして覇気のない顔。まさにギャルゲーの背景に描かれる「その他大勢」のテンプレだ。
ここが前世でやり込んだギャルゲー『聖エトワール騎士学園の乙女たち』の世界だと気づいたのは、三日前。 普通なら「聖剣を探そう」とか「ヒロインを攻略しよう」とか考えるんだろうが、俺は違う。
だってこのゲーム、中盤の『魔王軍襲撃イベント』で学園の生徒が半分くらい死ぬんだもん。 特に俺みたいな名前も顔グラもないモブは、悲劇を演出するための「死体役」として真っ先に処理される運命にある。
「難しいことはよくわかんねえけど、とにかく死ぬのは嫌だ。なら、強くなるしかないよな」
俺は学園の裏山にある、誰も来ない崖っぷちに向かった。 授業? そんなもん出たって、先生はメインキャラにしか熱心に教えない。モブの俺が行っても「あ、いたの?」くらいの扱いだ。だったら自習した方がマシである。
「えーっと、確か設定資料集だと、魔力ってのは『お腹のあたりをぐーっと熱くして、指先からピピッと出す』感じだったはずだ」
我ながら、実にアホっぽい理論だと思う。 だが、この世界はイメージがすべてだ。俺は目を閉じ、腹の底にある熱い塊を、右手の指先に集中させた。
――パチッ。
「お、出た」
指先から小さな火花が散る。 普通の生徒ならここで「魔法の基礎ができた!」と喜んで教室に戻るんだろうが、俺は考えるのが面倒なので、そのままその火花を一日中出し続けることにした。
「これを……こう、細く、長く……。針の穴を通すみたいに……」
気がつくと、日は暮れていた。 指先からは、レーザーカッターみたいな細くて鋭い熱線が出ている。 目の前の大岩に向けて指を振ってみると、チーズみたいにスパスパと切れた。
「……あれ。これ、意外と簡単じゃね?」
まあいい。これだけ切れれば、魔王軍の雑魚くらいなら追い払えるだろう。 俺は満足して寮への道を歩き始めた。
その時だ。
「……待ちなさい」
背後から、鈴を転がすような、でも氷のように冷たい声がした。 振り向くと、そこには銀髪をなびかせた超絶美少女が立っていた。 このゲームのメインヒロインにして、王国の第一王女。リュミエール・ド・ラ・ヴァリエール様だ。
(……やべえ。メインキャラだ。関わると死ぬ)
俺は直感した。 ここは、反射的に逃げるべき場面だ。
「あ、すみません。俺、門限なんで」
「待てと言っているわ。……今、その岩を切ったのは貴方?」
彼女は俺がさっき細切れにした大岩を指差している。 やばい。目立っちゃったか? いや、でも俺はモブだ。モブが岩を切るわけがない。
「いいえ、風の仕業じゃないっすか? 自然の力ってすごいですよね。じゃ!」
俺は全力で走った。 背後で王女様が「そんなわけないでしょう!?」と叫んでいるのが聞こえたが、聞こえないふりをした。
あー、お腹空いた。今日の食堂のメニュー、なんだっけ。 メインヒロインの顔より、明日のパンの硬さの方が、今の俺には重要だった。




