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09.美海の迷い

 美海は夕食後、縁側で庭を眺めていた。

 隣では蚊取り線香が薄い煙を立ち上がらせている。

 ぷらぷらとサンダルを履いた足を揺らしながら宿題の残りや、明日はなにをするかを考え、そして結局空き地に行くかどうかを悩み始めてしまう。


「夜に言っちゃえばいいんだけど」


 そう簡単には言えないものだ。夜と美海の通う小学校はとにかく生徒数が少ない。

 各学年両手で足りるくらいしか生徒がいない。それどころか片手で足りる学年もある。

 それがそのまま中学、ともすれば高校まで同じメンバーなのだから下手な真似はできない。

 でもでもと美海が足を揺らしていると、庭の茂みが揺れた。

 びっくりして飛び上がりそうになる美海の前に二人の子供が現れる。


「よ、夜に詩音……?」

「しー、静かに」

「なに、してるの」


 指を口の前に立てる詩音に、美海が首を傾げた。


「家出してきた」


 夜がぼそっと答えて、今度こそ美海が目を丸くした。

 しかし美海が声を上げる前に夜が続けた。


「理由は後で話すから、美海も一緒に行こう」

「私も?」

「美海に一緒に来てほしい」

「行く」


 夜にそう誘われたら、美海には断れなかった。

 すとんと庭に降りて、夜と詩音の方へと歩き出した。


「で、夜はなんで家出なんかしたのさ」


 住宅街を抜けて進む夜に、詩音が問いかけた。

 美海もなんとなく察してはいるものの、ちゃんと夜の口から理由を聞きたかったから、黙っていた。


「母親と喧嘩した」

「けんか?」

「喧嘩っていうか、一方的に怒鳴られて嫌になったから出てきた。帰りが遅いって、なにしてたんだって、騒がれてさ」


 美海はやっぱりな、と納得する。

 夜の母親が夜に対して過保護であることは、町内会や近隣の保護者の間では有名なことだ。

 夜が低学年の頃はそうでもなかったけれど、夜や美海が小学五年生に上がってからはぶつかってばかりだと聞いていた。

 美海がとやかく言われないのは、夜の母親と美海の母親が幼馴染だからだ。

 数年前に美海の祖父が二人同時に倒れた時に美海は兄と共に夜の母親に世話になったこともある。


「ねえ、それって詩音のせいかな」


 詩音が落ち込んだように呟いた。


「なんで」

「だって、さっき詩音が帰ろうとしているの引き止めちゃったから」


 夜は顔をしかめて、首を横に振った。


「そんなことない」

「でも」

「ないったら、ない。ぼくの母さんが変なだけだ」


 夜はきっぱりと言って、前へと進んだ。

 詩音はまだ納得していなさそうだが、夜の後を追った。

 美海はなにも言わずに、二人に着いて歩いた。

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